いざこざの外

旦那が帰って来たらどうしようかと、私は具体的に考え始めます。
何をしたら旦那が喜ぶのか、思いつきません。
でも久しぶりに吸う外の空気だから、疲れていない様ならば
少しブラブラして、池袋あたりで食事をしてもいいかもしれない。
でも甘い物を沢山買込んで、家でゆっくりお茶をする方が
落着いていいのかもしれないしと、あれこれプランを立てます。
ふと旦那に、結婚指輪を持っていかなければと思い付きます。
逮捕の時に外すように言われた指輪は、ケースにしまったままです。
緩くなってしまったので外した自分の指輪も一緒に並んでいます。
眠っている指輪が持ち主の指に還れば、それだけで前のままの日常が
戻って来るような気もしました。
待ちわびた、主の帰還。
指輪をしげしげと見ながら、感傷的になっていました。
何だか泣きそうになってしまうので、ケースごとカバンにしまいます。
しまって落着くと、今度は我ながらメロドラマ風な思い付きをしていると
気恥ずかしくなってしまい、又、言い訳の様な別の計画が、あれこれと
浮かんで来るのでした。

そんな風に明日の支度をしていると、私の実家から電話が来ました。
留守電になったままの電話から「しぇり、いる？」と母の声が聞こえて
来ます。旦那が帰って来る事は既に連絡をしたので、何の用かと思いながら電話に出ると、
「明日、ひさし君も帰って来るって言うから、２人でお祝出来るように
ワインとチーズを送ったから。一緒にのんびりしなさい」
思い掛けないプレゼントです。お礼を言うと、母は少ししんみりした風に
「１ヶ月だけど、本当に長かったわよねぇ。
あなたも疲れただろうから、気持だけの物だけどお祝いよ」
と言いました。母のそんな言葉に、改めて１ヶ月の長さを思い返します。
次に父が電話に換わりました。父は改めて、私に真面目な話しをするのが
気恥ずかしかったのか、からかう様な軽口のどさくさで、
「何も気にする事なんか無いから、彼が戻って来ても２人で胸を張って
堂々としてろ。落着いたら２人でこっちに顔を見せに帰って来い」
と、言ってくれました。

私の身内からは、しぇりは犯罪者の嫁にされてしまったと批判的な声も
出ていました。それでも事を大きくせず、私の選んだ人が間違いを犯した
訳ではないと信用してくれた両親に頭が下がります。両親も共に悩んだ
１ヶ月だったろうと思い、改めてお礼を言いました。
「ありがとうございます、色々と迷惑かけてすみません」
こんなに丁寧な挨拶は、結婚式の前にもしていません。
本当に初めて口にした感謝の言葉だったと思います。事情はどうであれ
逮捕された旦那に対して、何も言わずに帰りを喜んでくれる事が嬉しくて
私はそれだけ言うと本当にしゃくり上げて、泣いてしまいます。
母は一緒に泣き、「メソメソするな」と嗜めた父も、少し涙声でした。
明日、旦那が帰って来たら報告する事を約束して、電話を切ります。
その日も全く眠れませんでしたが、気持が温かくなり、柔らかい夜でした。

この夜の穏やかな時間は、神様が与えてくれた休息だったのでしょう。
旦那が帰って来て２人になった為に味わうことになった受難が、翌日には
早速、降り掛かって来たのです。