子供の成長する生理現象を阻む親
人には木の芽のように、時間の経過と共に下から上に押し上げるように成長という形で伸びる力が働く。これは、身体よりむしろ「心」にも働くことを、眼に見えないから~という理由で親たちは無視をする。何故か? それは親が寄りかかる木が欲しいからである。「親が子供のことを心配して何がいけないの!?」 と叫ぶ親が多い。いけないのである。 でも親にとってそれは自然な感情、というより自然な「不安」なのである。親が子供のことで親本人の心の中に「子供への不安」を抱くのは、当然の感情だ。その時、親がその自分自身の不安をどうやって解消しようとするか、それが問題なのだ。「あなたのことが心配だから言っているの!」 「あなたのことが心配で心配で仕方がないの」「こんなにあなたのことを心配してくれる親は他にいないよ?!」これらの親から子供への言葉は全て、親自身の心の問題を、子供に甘えて、子供というまだ細く固まっていない木に甘えて依存して寄りかかって、「親が子供のことを心配して何がいけないの!?」 という言葉で正当化して、子供の心の生理現象である、押し上げる力、を阻んでいるのである。生長する木の枝に上からスポッと箱をかぶせ、天井をふさぎ、子供の子心という木が、天井にぶつかると、木は、つる、のように横に蛇行して成長していくのである。それは子供にとって、呼吸を止められ、首を絞められるほどの苦しみである。そうやって子供は「神経症」になっていくのである。フタをされた木が行き場をなくし、箱の中で蛇行するときの「木」の気持ちを想像してみてほしい。そうやって子供は神経症になると、以下のような苦しみを一生、死ぬまで親には逆らうことになるから言えず、一人で苦しむことになるのだ。・偏頭痛 ・自然な呼吸ができない ・心臓の動悸(軽度のパニック様症状) ・猫背 ・重度な肩こり ・重度な眼精疲労 ・親に隙を与えないことを学んだがゆえに人に隙をみせれず、人に心が開けず、 短と親密な心の交流(恋愛を含む)が一生死ぬまでできない。果てには自暴自棄な年寄りになる