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1915年(大正4年)5月24日、イタリアは連合国の一員として、ドイツ、オーストリアに宣戦を布告しました。
前年の1914年(大正3年)7月28日、オーストリアのセルビアへの宣戦布告で第一次世界大戦が始まりました。 それまで、イタリアはドイツ、オーストリアと『三国同盟』を結んでいました。 したがって、イギリス、フランスに宣戦布告をする義務がありました。 ところが最初は中立を宣言していました。 その原因のひとつがオーストリアとの領土問題でした。 イタリア軍はアルプス地方を戦場として、オーストリア軍と戦いました。 しかし、弱体なイタリア軍は多数民族の寄り合い世帯のオーストリア軍に勝利をおさめることができませんでした。 そのため、第一世界大戦の講和会議では、戦勝国として大きな分け前を得られなかったのです。 それに対するイタリア国民の不満がムソリーニが指導するファシスト党を政権につけることになります。 第二次世界大戦でも、最初は中立を守ったあげく、今回はドイツ側として参戦します。 今回もイタリア軍が弱く、結局、同盟国ドイツの足を引っ張る結果になりました。 なぜ、イタリア軍は弱いのか? それはイタリア人が美食家で、大食いだから! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011.05.23 20:42:41
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