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《櫻井ジャーナル》

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2016.03.28
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 日本における報道統制を批判する社説が3月5日付けのワシントン・ポスト紙に掲載された。安倍晋三政権は自分たちにとって都合の悪いニュースは封印していると主張、「3人のジャーナリスト」の辞任も紹介されている。間違いとは言えないのだが、違和感を覚えることも確かだ。

 社説の中で情報を封印しようとしている例として経済問題や「慰安婦」の問題が示されているのだが、こうした問題以上に徹底しているのがアメリカ支配層にとって都合の悪い情報の封印だ。アメリカによる軍事侵略、「テロ活動」、TPPなどにについて批判的には伝えない。

 例えば、フランクリン・ルーズベルト政権がスタートした直後、1933年から34年にかけてJPモルガンなどウォール街の巨大資本が反ルーズベルト/親ファシズムのクーデターを計画したとするスメドリー・バトラー海兵隊少将の議会における告発、イタリアにはグラディオという「NATOの秘密部隊」が存在することを認めたジュリオ・アンドレオッチ政権の報告書を日本のマスコミは取り上げたのだろうか?寡聞にして知らない。このグラディオは1960年代から80年代にかけ、「極左」を装って爆弾攻撃を繰り返して「左翼勢力」にダメージを与え、アメリカ支配層は支配体制を強化した。

 1982年にロナルド・レーガン大統領が承認したNSDD55によって承認されたCOGプロジェクトは憲法の機能停止を含むもので、一種のクーデター計画だ。アメリカの軍や情報機関の好戦派がソ連に対する先制核攻撃を計画していたドワイト・アイゼンハワー時代に核戦争後の「秘密政府」を動かす8名が選ばれ、その流れの中で1979年にFEMAが設置された。それを発展させようとしたのがCOGだ。

 この計画では核戦争が勃発しなければ憲法の機能を停止させられない。そこで1988年に大統領令12656が出され、COGの対象は核戦争から「国家安全保障上の緊急事態」に変更された。2001年9月11日の出来事をジョージ・W・ブッシュ政権は「国家安全保障上の緊急事態」だと判断、「愛国者法」によってアメリカ憲法の機能を停止させる。この法律が素早く出された理由は、少なくとも1982年から準備を進めていたからだ。安倍政権の内部から聞こえてくる「緊急事態条項」もそこから出ているのだろう。

 このプロジェクトを日本のマスコミが取り上げたという話は聞かないが、知らなかったという弁明は通用しない。例えば、1987年7月に開かれた「イラン・コントラ事件」の公聴会でジャック・ブルックス下院議員がオリバー・ノース中佐に対し、「大災害時に政府を継続させる計画に関係」について聞いている。

 委員長だったダニエル・イノウエ上院議員は質問を遮り、「高度の秘密性」を理由にして強制的に終わらせようとする。ブルックス議員はマイアミ・ヘラルド紙などが伝えていると反論、その計画はアメリカ憲法を停止させる内容を含んでいると説明しているが、委員長は質問を打ち切ってしまった。

 このやりとりは公開の場で行われているが、その前にメディアも伝えていた。1991年には日本のテレビ局とも提携していたCNNがこの問題を番組で取り上げたが、日本では無視されるか否定的な伝え方をされていた。

 その後、西側のメディアは戦争の旗振り役に徹するようになる。ユーゴスラビア、アフガニスタン、イラク、リビア、シリア、ウクライナ、すべて侵略戦争を正当化するために偽情報を流している。日本は中でも酷い状況だ。

 ジャーナリストのむのたけじは1991年に開かれた「新聞・放送・出版・写真・広告の分野で働く800人の団体」が主催する講演会の冒頭、「ジャーナリズムはとうにくたばった」と発言、その後、マスコミから疎んじられるようにようになったという。(注1)

 この指摘は事実だが、西側のメディア全体に当てはまる。第2次世界大戦の直後、アメリカでは情報を操作するためのプロジェクト、「モッキンバード」がスタートしたと言われている。ジャーナリストのデボラ・デイビスによると、その中心にいたのはアレン・ダレス、フランク・ウィズナー、リチャード・ヘルムズ、フィリップ・グラハムの4名。(注2)

 ウィズナーとヘルムズは戦時情報機関OSSの時代にダレスの側近だった。グラハムはワシントン・ポスト紙のオーナー。ダレスとウィズナーはウォール街の弁護士で、ヘルムズの祖父であるゲイツ・ホワイト・マクガラーは国際的な投資家。グラハムの義理の父親であるユージン・メーヤーは1946年に世界銀行の初代総裁に就任している。

 グラハムの妻でメーヤーの娘であるキャサリン・グラハムはウォーターゲート事件でリチャード・ニクソンのを辞任に追い込んだことで知られ、日本では「言論の自由」を象徴する人物として崇拝している人もいるようだが、その彼女は1988年にCIAの新人に対して次のように語っている:

 「我々は汚く危険な世界に生きている。一般大衆の知る必要がなく、知ってはならない情報がある。政府が合法的に秘密を維持することができ、新聞が知っている事実のうち何を報道するかを決めることができるとき、民主主義が花開くと私は信じている。」

 ウォーターゲート事件を追及した記者のひとりとして有名なカール・バーンスタインは1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、その直後にローリング・ストーン誌で「CIAとメディア」という記事を書いている。(注3)

 その記事によると、当時、400名以上のジャーナリストがCIAのために働き、1950年から66年にかけて、ニューヨーク・タイムズ紙は少なくとも10名の工作員に架空の肩書きを提供しているとCIAの高官は語ったという。

 フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(FAZ)紙の編集者だったウド・ウルフコテも有力メディアとCIAとの関係を告発している。それによると、ドイツだけでなく多くの国のジャーナリストがCIAに買収され、例えば、人びとがロシアに敵意を持つように誘導するプロパガンダを展開しているという。

 ウルフコテによると、ジャーナリストとして過ごした25年の間に教わったことは、嘘をつき、裏切り、人びとに真実を知らせないことで、ドイツやアメリカのメディアがヨーロッパの人びとをロシアとの戦争へと導くこと。現在、引き返すことのできない地点にさしかかっていることに危機感を抱いたようだ。

(注1)むのたけじ著『希望は絶望のど真ん中に』岩波新書、2011年
(注2)Deborah Davis, “Katharine The Great”, Sheridan Square Press, 1979
(注3)Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977





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最終更新日  2016.03.28 15:57:50



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