28793275 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

《櫻井ジャーナル》

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

サイド自由欄

バックナンバー

2019.08.15
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類

 第2次世界大戦は日本の降伏で終わったことになっている。日本政府全権の重光葵と大本営(日本軍)全権の梅津美治郎がアメリカの軍艦ミズーリ号上で降伏文書に調印したのは1945年9月2日のことだった。

 しかし、日本では8月15日が「終戦の日」ということになっている。昭和天皇(裕仁)が日本人向けの声明、いわゆる「終戦勅語」が放送された日だ。

 これについて堀田善衛は「負けたとも降服したとも言わぬというのもそもそも不審であったが、これらの協力者(帝國ト共ニ 終始東亜ノ開放ニ協力セル諸盟邦=引用者注)に対して、遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス、という、この嫌みな二重否定、それきり」で、「その薄情さ加減、エゴイズム、それが若い私の軀にこたえた」と書いている。(堀田善衛著『上海にて』筑摩書房、1959年)日本軍への停戦命令が出たのはその翌日だ。

 日本政府は「国体護持」にこだわったというが、1945年4月12日にフランクリン・ルーズベルト大統領が急死した段階で日本の国体、つまり天皇制官僚システムが維持されることは決定的になっていた。その死によってニューディール派は急速に弱体化、親ファシズムのウォール街が主導権を握ったからだ。

 ルーズベルトは1933年3月から大統領を務めている。副大統領は1933年から41年までがジョン・ガーナー、41年から45年までがヘンリー・ウォーレス、そして45年がハリー・トルーマン。政治信条がルーズベルトに最も近かったのは大統領と同じニューディール派のウォーレスだろう。

 このウォーレスは1944年4月9日付けのニューヨーク・タイムズ紙で、アメリカに対する最も大きなファシムズの脅威は戦争の後にやってくると主張している。ルーズベルトが初めて大統領に選ばれた直後、アメリカの巨大資本がニューディール派を排除してファシズム体制を樹立する計画を立てていたことを考えると、その懸念は理解できる。

 そのクーデター計画はスメドリー・バトラー海兵隊退役少将が阻止、議会で計画の内容について明らかにしている。その当時は経済が不安定で、1939年に第2次世界大戦が始まると経済を支配している勢力を摘発することは困難になった。ルーズベルト政権の内部でファシズム派を摘発する動きが出てくるのは戦争の終結が近くなってからだ。

 その頃、有権者に最も人気があったのはウォーレス。1944年に行われたギャロップの世論調査によると65%がウォーレスを支持、トルーマンは2%にすぎない。ウォーレスが次の大統領になれば、アメリカのファシズム勢力は粛清され、ドイツや日本のファシストも厳しく処罰される可能性が高かった。

 そうした中、ウォーレスのスキャンダルが発覚、1945年3月に副大統領から商務長官へ格下げになる。その翌月に大統領が急死、ルーズベルトと意見が違ったトルーマンが大統領へ昇格し、5月にはドイツが降伏する。その直後にイギリスのウィンストン・チャーチル首相はアメリカ、イギリス、ドイツ、ポーランドでソ連を奇襲攻撃するアンシンカブル計画を立てたわけだ。

 アメリカの巨大資本やその代理人はナチスの元高官らを逃がすためにラットラインを作る。そうした人びとをアメリカの国務省やCIAは雇うが、それはブラッドストーン作戦と名づけられた。ドイツの科学者やエンジニアを雇うペーパークリップ作戦もある。

 その一方、日本では天皇制官僚システムが維持され、特別高等警察、思想検察、裁判官は戦後も要職に就く。戦争中に犯罪的なことを行った軍人でもアメリカにとって利用できる人たちは保護されている。

 日本が降伏した24日後、哲学者の三木清が獄死した。疥癬という皮膚病の患者が使っていた毛布を三木にあてがい、意識的に病気を感染させ、不眠と栄養失調で死に至らしめた可能性が高い。その前日、ソ連のバチェスラフ・モロトフ外相は憲兵や警官など戦前の治安体制が存続していることを批判しているのだが、その通りだった。

 この事件を調べていたロイターのR・リュベン記者は10月3日に山崎巌内相をインタビュー、その際に内相は特高警察の健在ぶりを強調し、天皇制に反対する人間は逮捕すると言い切っている。同じ日、岩田宙造法相は中央通訊社の宋徳和記者に対し、政治犯を釈放する意志のないことを明言した。

 政治犯が釈放されるのは、ロイターのインタビューが記事になってから。その記事を受けてSCAP(連合軍最高司令官)のダグラス・マッカーサーが「政治、信教ならびに民権の自由に対する制限の撤廃、政治犯の釈放」を指令し、6日後の10月10日に政治犯は釈放されたのだ。

 しかし、すでにアメリカの巨大資本はジャパン・ロビーと呼ばれるグループを編成、日本の天皇制官僚システムを再建することになる。冷戦が民主主義を潰したのではない。戦争で勝利したファシストが冷戦を生み出したのだ。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2019.08.15 09:51:03



© Rakuten Group, Inc.
X