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《櫻井ジャーナル》

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2024.05.26
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 6月21日の午後7時から駒込の「東京琉球館」で開く「櫻井ジャーナルトーク」のテーマは「苦境に陥った米国と生物兵器」です。予約受付は6月1日午前9時からとのことですので、興味のある方は東京琉球館までEメールで連絡してください。

東京琉球館

http://dotouch.cocolog-nifty.com/

住所:東京都豊島区駒込2-17-8

Eメール:makato@luna.zaq.jp

 ​ロシア議会は昨年4月、ウクライナで回収したアメリカ国防総省による生物兵器の研究開発に関する最終報告書を発表​しましたが、そこにはアメリカが人間だけでなく動物や農作物も標的にできる普遍的な遺伝子操作生物兵器の開発を目指していると書かれています。この「万能生物兵器」は特定の時期に特定の地域で異常な伝染病を引き起こす可能性があり、秘密裏に標的を定めて使用した場合、核の冬に匹敵する影響を与えることができるというのです。

 アメリカやイギリスはターゲット国を攻撃、破壊するため、別の国を利用して漁夫の利を狙ったり、宗教対立を煽って殺し合わせたり、ナチズムやカルトを利用して傭兵部隊を組織したりしてきました。つまり間接的な攻撃です。

 しかし、ウクライナの場合は事実上の傭兵であるウクライナ軍の敗北が決定的で、アメリカ/NATOはウクライナの「降伏」を先送りしようと必死ですが、限界があります。そこで、ロシアの勝利を認めたくないネオコンのような好戦派はアメリカ軍をロシア軍と直接衝突させようとしているようです。そうした場合、核兵器を保有しているロシアや中国が相手で生物兵器をも秘密裏に使用すればアメリカ軍が優位に立てる可能性があると考えているようです。

 アメリカの国防総省がウクライナで生物兵器の研究開発を行なっていたことは本ブログでも繰り返し書いてきました。​医薬品業界で研究開発に長年携わってきたサーシャ・ラティポワは、COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動について早い段階からアメリカ国防総省がバラク・オバマ政権の時代に始めたプロジェクトだと主張しています​。彼女は情報公開法によって入手した文書を分析、この結論に至ったようです。

 ウクライナでアメリカの支配層は生物兵器の研究開発だけでなく、農地を買い占め、資源を奪い、マネーロンダリングの拠点にもしていました。勿論、ロシアを征服するための拠点にもなります。

 生物兵器の研究開発施設はウクライナのほかにもアゼルバイジャン、アルメニア、カザフスタン、キルギスタン、モルドバ、タジキスタン、ウズベキスタン、ジョージア、おそらく中国にもあったようですが、ウクライナでの活動が困難になった現在、別の場所へ拠点も移動させているようです。その中に日本も含まれているでしょう。

 日本ではmRNA技術を利用した薬品の製造工場がいくつも建設されていますが、その一部で生物兵器が作られる可能性は否定できません。日本の医学界は1930年代生物化学兵器の研究をしていたのです。その中心は軍医学校、東京帝国大学医学部、京都帝国大学医学部で、生体実験を担当していた部隊が中国で編成されました。

 当初の名称は「加茂部隊」が編成で、その責任者は京都帝国大学医学部出身の石井四郎中将。後ろ盾は小泉親彦軍医総監だとされています。後に加茂部隊は「東郷部隊」へと名前を替え、1941年には「第七三一部隊」と呼ばれるようになりました。

 この部隊は捕虜として拘束していた中国人、モンゴル人、ロシア人、朝鮮人を使って生体実験、こうした人びとを日本軍は「マルタ」と呼んでいました。この部隊の隊長を1936年から42年、そして45年3月から敗戦まで務めた人物が石井四郎。途中、1942年から45年2月までを東京帝国大学医学部出身の北野政次少将が務めています。

 アメリカ軍は1930年代から生物化学兵器の研究開発を始めました。例えば​ロックフェラー財団の「衛生委員会」チームの一員としてプエルトリコのサンフアンにある病院で数カ月間勤務したロックフェラー医学研究所のコーネリアス・ローズなる人物は1931年、プエルトリコの被験者に意図的にガン細胞を人体へ注入し、そのうち13人を死亡させたといいます​。彼はプエルトリコ人を軽蔑、絶滅を妄想していました。

 ローズは第2次世界大戦中にアメリカ陸軍の大佐となって化学兵器部門の医学部長を務め、ユタ州、メリーランド州、パナマに化学兵器研究所を設立、プエルトリコ人に対する秘密実験にも参加します。

 1943年末までに化学兵器関連の新しい医学研究所がマサチューセッツ州のキャンプ・デトリック、ユタ州のダグウェイ実験場、アラバマ州のキャンプ・シベルトに設立されました。1944年1月、化学兵器局は生物兵器に関するすべてのプロジェクトを担当することになります。

 第2次世界大戦後、日本やドイツによる生物化学兵器の研究開発結果はキャンプ・デトリック(1955年からフォート・デトリックに格上げ)へ運ばれました。

 ドイツや日本で行われた生体実験の資料や研究員を手に入れたアメリカの軍や情報機関はアメリカの街中で実験していたことが判明しています。

 しかし、その前からアメリカも生物兵器の研究を行なっていました。アラバマ州では1932年から72年にかけてアフリカ系アメリカ人に梅毒を感染させ、その後の経過を観察するという生体実験も行われています。1950年にアメリカ海軍はサンフランシスコで「バチルス・グロビジー(炭疽菌と同属)」や「セラチア菌」を散布したとされ、55年にはCIAがフロリダ州タンパで生物戦争の実験を行い、その後に百日咳の患者が急増、56年から58年にはジョージア州とフロリダ州にある貧困地区で黄熱ウイルスを持つ蚊を使った実験を実施、死者も出ているとされています。

 また1966年にはアメリカ陸軍の特殊部隊がニューヨーク市の地下鉄でバチルスを撒く実験を実施、またCIAは68年と69年に上水道へ毒を混ぜる実験をワシントンのFDA(食品医薬品局)のビルで行ないました。(Edited by Ellen Ray & William H. Schaap, “Bioterror,”Ocean Press, 2003)

 日本で打ち続けている「COVID-19ワクチン」と称する遺伝子操作薬は未知の薬品であり、生物兵器である可能性が否定できません。ロシア議会の報告書に書かれている「万能生物兵器」の特性は「レプリコン・ワクチン(自己増幅型COVIDワクチン)」と似ていないでしょうか。

 個人情報を集中管理するために作られたマイナンバーカードと治療歴を知ることができる保険証を一体化させた「マイナ保険証」を日本政府は導入しようとしてます。これさえあれば「COVID-19ワクチン」の副作用データを迅速に、しかも正確に集めることができるでしょう。






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最終更新日  2024.05.26 00:00:15



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