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カテゴリ:第8話 青年インカ
トゥパク・アマルは、暗闇の中で壁に触れたまま、指先にじっと神経を集中させた。 その壁は、土を練り合わせたものによって接合された無数のアドベ(日干しレンガ)によって、ビッチリと塗り固められている。 その時、廊下に冷たい足音が響いた。 深夜の巡回である。 彼は番兵の目を逃れるため、傍のひどく粗末な寝台に身をもたれて目を閉じた。 巡回中の番兵には、寝台にもたれているトゥパク・アマルの様子は、拷問に疲れきって眠っているようにしか見えぬであろう。
恐らく、リノは非番なのであろうか。 ちなみに、深夜の巡回に訪れる番兵は3名で、それぞれ30分間隔ほどで、特別なことがない限りは、じんぐりに一人ずつ監視に回ってくる。
トゥパク・アマルの頭の中には、既に、牢にかかわる全ての将校から番兵までの性格傾向や行動パターン、さらには、数名の者はその名前までもが、つぶさな観察によって正確なデータとしてインプットされていた。 今、鉄格子の前にいるセパスは、狡猾さと強欲さが、ひと際、特徴的な番兵である。
実際、同じスペイン人でも、本国スペイン生まれの白人と、この植民地生まれの白人とでは、その社会的地位にも経済力にも何もかもに、あまりに歴然たる差があった。 リノやセパスのような植民地生まれの白人たちは、本国渡来の白人たちに、悉(ことごと)く差別と蔑みの対象とされてきたのである。
彼は、スペイン渡来の白人たちによって苦汁を舐めさせられ続けてきた植民地生まれの白人たちをも視野に入れ、彼らの自由と解放をも求めて立ち上がり、戦ってきたのである。 あるいは、単純なほどに純粋な、あの番兵リノには、そんなトゥパク・アマルの思いが、本人の意識の遠く及ばぬ何処かでは、微かにでも通じていたかもしれない。 だが、ここにいるセパスの曇りきった目には、そんなものは、一つも見えてはいないであろう。
≪トゥパク・アマル≫
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