「こいつはウマそうじゃねぇか、ありがてぇ」
ホクホク顔でそう言って手近な椅子に腰を据えると、早速、料理に手を伸ばしているアパサに、「心ゆくまで召し上がってください」と、トゥパク・アマルが目を細めている。
まだ湯気の立ちのぼるトウモロコシから黄金の粒をむしって口にほうりこみ、甘美な旨味を噛み締めながら、アパサがしみじみと言う。
「これでチチャ酒でもあれば最高なのだがなぁ」
「わたしも同じ思いだが、いつ敵襲があるか分からぬ状況ゆえ」
そう苦笑するトゥパク・アマルに、「そんなこたぁ、言われなくても分かってる」と、アパサが片眉を吊り上げた。
「アパサ様、どうぞこちらも召し上がってください」
不意に、耳元で聞き慣れない若い女性の声が響いて、アパサは、ハッ、と顔を上げた。
晩餐の間で、トゥパク・アマルやアパサのために食事の給仕をしていた数名の女性義勇兵たちの中にいたマルセラが、大きな土鍋から取り分けた熱々のスープ皿を、トゥパク・アマルとアパサの前に笑顔で差し出していたのだ。
スラリと長く伸びた健康的な褐色の手足に、青年のような凛々しさと女性的な魅力を兼ね備えた中性的な風貌のマルセラ――突然の彼女の出現に、料理を掻き込んでいたアパサの手が、ピタッ、と止まる。
本来は酒豪のアパサも、今は一滴も飲んでいないはずであったが、固まったまま耳元を上気させている。
そんな中、「そういえば」と、思い出したようにトゥパク・アマルが二人を見交わした。
「アパサ殿とマルセラは初対面であったな。
アパサ殿、こちらはビルカパサの姪御殿のマルセラです」
トゥパク・アマルの紹介に、マルセラも、「アパサ様、お初にお目にかかれて嬉しく思います。アパサ様の武勇伝は、叔父から多々聞き及んでおります」と、深い敬意を宿した声音で、闊達に言い添える。
「あっ、あの堅物で無骨なビルカパサの野郎に、…い、いや、ビルカパサ殿に、あなたのような姪御殿がいらしたとは、やっ、全く驚きです」
照れて急に言葉遣いの変わったアパサがどこか微笑ましくて、スープの匙を口に運びながら、トゥパク・アマルも思わず相好(そうごう)を崩した。
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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪アパサ≫(インカ軍)
隣国「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。
「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。
かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。
≪マルセラ≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。
アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。
女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人で、ロレンソの恋人でもある。
砦の敵中に囚われ捕虜の身となっていたが、脱出をはかった。
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