やがて、ひとしきり料理を胃袋の中におさめたアンドレスが、思い出したように顔を上げた。
彼は、トゥパク・アマルの方へ居住まいを正して向き直ると、真面目な顔つきで口を開く。
「トゥパク・アマル様、先ほど負傷兵の治療場を巡回してきたのですが、負傷兵たちは重症度に応じて各治療場に運ばれて、緊急性に応じて治療を受けておりました。
インカ軍の者だけを優遇するのではなく、そして、スペイン兵や英国兵を捕虜扱いしないというトゥパク・アマル様のご意志はよく分かりました。
ただ、激しく敵対していた者たちを同一空間にいさせるというのは、双方の負傷兵たちの気が休まらぬ恐れもありますし、トラブルの元になりそうな心配もございます」
言葉を選びながらも率直な意見を述べるアンドレスの言葉に黙って耳を傾けながら、トゥパク・アマルも「うむ、それで?」と先を促す。
「敢えて人種を分け隔てせず、共に過ごすことで敵対心を軽減し、むしろ連帯感を高められるかもしれないという陛下のお考えは俺にも察せられるのですが、なにぶん先刻まで生死を賭けて戦い合っていた者同士です。
良い方にいけばいいのですが、逆に、負傷兵たちの間で争いの火種が生まれ、殺傷沙汰に至る危険さえあるのではないかと…。
怪我で身動きもできず気力も弱まっている現在はまだしも、回復して兵士としての体力や鋭気を取り戻した時が特に心配です」
「なるほど、そなたの言う事には一理ある。
それでは、どうしたら良いと思う?」
トゥパク・アマルは、切れ長の美しい目元に真摯な光を宿して、静かに問う。
それに対して、アンドレスもまた、澄んだ琥珀色の瞳を思慮深くさせて、頭に浮かんでくる考えを噛み締めるように言葉に変えていく。
「負傷兵たちは人種混合で重症度ごとに各治療場に搬送され、既に治療も開始されておりますので、これから改めて人種ごとに再配置するのは難しいでしょう…。
ですので、現状のまま、負傷兵たちの間で衝突や緊張関係が生まれぬよう、我々の方でいっそう気を付けて監視していく必要があると思います。
特に、命に関わるようなトラブルは最も避けねばらぬことですので、治療場へは、武器の持ち込みを一切禁止してはいかがでしょうか」
再び「なるほど」と応じた後、トゥパク・アマルは、アンドレスの発言を吟味するように一呼吸おいてから、ゆっくり頷いた。
「分かった。
アンドレス、そなたの進言に従おう。
治療場に出入りする者は全て、一時的に武器を預かるということにいたそう。
なお、武器の持ち込みの制限は、スペイン兵や英国兵のみならず、インカ兵にも等しく適用する」
トゥパク・アマルの言葉に、アンドレスやビルカパサ、ロレンソが共に、「はっ」と恭順を示した。
その脇で、そもそも敵兵を治療すること自体に不満いっぱいのアパサは、口を「への字」に曲げながら、きつく腕組みをして、ムスッと椅子にふんぞり返っている。
そんなアパサも含め、その場の全員に穏やかな目を配りながら、トゥパク・アマルが温かな微笑を湛(たた)えながら言う。
「わたしは、インカ族の者たちも、スペイン人も、英国人も、互いの違いや怨恨の壁を乗り越え、心をひとつに合わせることができる日がくると信じている。
確かに、容易なことではないかもしれぬ。
なれど、そなたたちも、そのような気持ちで、砦の兵たちはもとより、国中の全ての者たちを見守ってほしいのだ」
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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。
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