同じ頃、治療場の看護の女性たちも、順番に食事休憩をとっていた。
コイユールもまた、自分の番がくると、負傷兵たちの血で染まった手を清水で洗い流し、食堂として用意された大広間へと向かう。
その広間で調理班の女性たちから料理を受け取り、同僚の看護の少女たちとテーブルを囲みながら、コイユールは思わず感嘆の吐息をついた。
「まあ、なんて美味しそう」
湯気の立ち昇る具だくさんのスープや魚介料理、茹で野菜、柔らかなパンなどを眩しそうに見つめて、周囲の少女たちも、うんうん、と興奮気味に頷いている。
「こんなにちゃんとしたお料理を頂くのは久しぶりね」
「いただきまあす!」
嬉しそうに料理を味わっている仲間たちと一緒に、コイユールも温かなスープを口に運ぶ。
そうしながら、食堂の大広間全体をゆっくり眺めてみる。
砦内のスペイン兵や英国兵は、皆、何らかの負傷や体調不良の者たちで、そのため彼らは治療場の方にいるので、食堂内にいるのは健康なインカ兵たちばかりであった。
その広間にいるインカ兵たちは4~50名といったところだが、彼らも、順次、ローテーションで休息をとっているのだろう。
インカ兵たちもまた、料理に舌鼓を打ちながら、和やかに談笑したり、一人でいる者も自由にゆったり寛いでいる。
そんな平穏な光景を眺めているうち、コイユールの心には、先ほど再会を果たしたアンドレスの面影が優しく甦ってくる。
(アンドレス、戦場から戻ってからも、すごく忙しそうだったけれど、ちゃんとお食事できたかしら。
それにしても、あんなに激しい戦いだったのに、アンドレスも、マルセラも、トゥパク・アマル様も、ロレンソ様も、皆、無事でいてくれたなんて、本当に夢みたいだわ)
泉のように湧き上がりくる喜びを胸いっぱいに感じながら、コイユールは、神に全身全霊で感謝の祈りを捧げずにはいられない。
と、その時、不意に、背後から、馴染みの従軍医の少々緊張した声が響いた。
「コイユール、ここに居たのか。
良かった、ちょうど探していたのだ」
「先生、どうされましたか?
急変した負傷兵の方がいるのですか?
すぐに戻りましょうか」
我に返ったコイユールが老医師を振り向いて、心配そうに問う。
医師は、「いや、急変というわけではないのだが――」と、やや言葉を濁し、低い声で語を継いだ。
「コイユール、手を借りたいことがある。
食事を済ませてからでよいので、後で、わたしのところに来ておくれ」
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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。
≪コイユール≫(インカ軍)
インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。
代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。
アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。
『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。
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