「そんな――人は、外見や、五体満足であることだけが、全てではありません」
アレッチェを力付けたい一心からではあったが、思わず反論してしまったコイユールを、険しさを増したアレッチェの両眼が突き刺すように睨(ね)めつける。
「口先だけの綺麗事など聞きたくもない」
「口先だけで申し上げているつもりはありません」
「ほう?
おまえは本心からそう思っていると?
ならば、もしわたしの治療に失敗した時には、おまえも火をかぶり、わたしと同じ姿になってみせよ」
「そ、そんな……!!」
あまりに極端に走ったアレッチェの要求に、激しく混乱し、驚愕して、切り返す言葉を失っているコイユールに、「驚くような条件ではあるまい」と、アレッチェが冷ややかに語を継いでいく。
「冷静になって考えてみよ。
これは、おまえにとって、なかなか良い取り引きだ。
おまえがわたしを完治させて治療に成功すれば、インカ側に有利となるよう、わたしは副王に和平の交渉を勧め、結果、おまえは救国の英雄になれるのだ。
それに対して、おまえが治療に失敗すれば、わたしには僅かな慰めが残るだけだ」
「僅かな慰め?」
「おまえが全身火傷のわたしと同じ悲惨な姿となれば、わたしは孤独な死路を共にする僕(しもべ)を得られる」
「し、しもべ?」
「そう、惨めさを分かち合う、おまえという僕だ。
だが、それだけのこと。
つまり、この取り引きは、圧倒的におまえに有利な条件ということだ。
おまえの戦利品は祖国に平和と主権と豊かさを取り戻すという壮大無辺なものであり、一方、おまえのリスクはおまえ個人に限られた極過小なもの。
絶対的におまえにとって好都合な条件であることは、誰の目から見ても明らかだ」
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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪コイユール≫(インカ軍)
インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。
代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。
アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。
『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。
≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。
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