二人がまた怒鳴り合い出したのを、「待て、おい!」と止めようとするアンドレスの肩を、傍で見守っていた別のインカ兵が軽く叩いた。
「君は?」
「俺は、ペドロの同輩です。
ペドロの言っていることも本当ですし、あのスペイン兵の言っていることも本当なんです。
ペドロのやつ、あの手紙を前のベースキャンプにいた時に受け取ったんですが、それ以来、すごく大事にしていて、寝る前に、毎晩、必ず読み返すんです。
それで、読みながら眠っちまうことが多くて、そうすると手元から床に落としちまうこともしょっちゅうで」
「そうだったのか。
教えてくれて、ありがとう」
アンドレスは、ペドロの友人の肩を軽く叩き返して礼を伝えると、いよいよ殴り合わんばかりに激しくやり合っている二人の間に割って入り、どうにかして止めようとする。
「ペドロ、君の気持ちもよく分かるが、彼がわざと踏んだってわけじゃないことも本当なんだ。
ここは俺に免じて、なんとか気持ちを抑えてくれないか」
アンドレスの懸命な言葉に、「ですが…」と、ペドロが少し大人しくなるも、この時とばかりに相手のスペイン兵が大きく身を乗り出し、ペドロに向かって怒鳴りつける。
「それみろ、俺の言った通りじゃないか。
そもそも被害に合ったのは、こっちの方だ。
戦場でもないどころか、治療場の中で、怪我を悪化させる羽目になった責をどう取るつもりだ」
その時、ケンカの人だかりの背後に、ヌッと、巨体の大男のシルエットが現れ、と見るや、雷(いかづち)のごとく野太い大音声が、全ての喧騒を貫いて轟然と響いた。
「いい加減にせんか!!」
ケンカの当事者はもちろん、その場にいた誰もが、ギョッ、として身を縮め、声の主を振り返る。
そこには、厳しい表情をした壮年のスペイン兵が、松葉杖を片手に仁王立ちになり、こちらに鋭い睨みを利かせていた。
立派な顎髭をたくわえ、足の負傷にもかかわらず頑強そうな体躯は貫禄たっぷりで、軍服の分厚い胸には多数の勲章が並んでいる。
アンドレスにとっては初めて見る人物であったが、その装束や強烈な存在感から、スペイン軍の高位の将官であろうことは、すぐに察しがついた。
事実、先ほどまで大上段に構えて怒鳴りまくっていたペドロのケンカ相手のスペイン兵は、急に大人しくなって、今はペドロの陰に隠れんばかりである。
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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。
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