「コイユール、まだ俺に何か隠してないよな……?
俺に心配かけまいとして、黙っていることが他にあるんじゃないのか?
アレッチェが完治させろと脅してきたとき、一体、どんな会話をしたんだ?
もっと詳しく教えてくれないか?」
「私ね、あの時、アレッチェ様が、すごく恐ろしくて、頭が真っ白になるほどだったの。
でも、今でも、やっぱりアレッチェ様のことが怖くてね、仕方ないのよ。
時々、どうしようもなく憎しみも湧いてくるし…、正直なところ、殺意さえ覚えたこともあるわ……。
アンドレスが護身用にくれたこの短剣で、いっそのこと、ひと思いにって……」
消え入るような声でささやいて、コイユールの指先が、彼女自身の大腿部に結び付けている短剣を、スカートの上から、ギュッと、握り締めた。
「コイユールが…殺意……?」
コイユールの口から『殺意』などといった言葉が出たこと自体、アンドレスには衝撃だった。
(だけど、そういえば、今朝、マルセラも同じようなことを言ってたっけ。
コイユールは、俺の渡した短剣を取り出して、すごく思いつめた様子だったって…。
まるで殺意を抱いているように見えたと……)
固唾を呑んでいるアンドレスを前にして、「――でも、マルセラが、止めてくれたの……」と、まるで告解するかのようにコイユールが首(こうべ)を垂れる。
「だけどね、アンドレス、今は、ちょっと気持ちが変わってきたの。
だって……、今のアレッチェ様は、まるで、この戦さの――いえ、今回の戦さだけじゃなくて、インカとスペインの間で繰り返されてきた長く厳しい戦いの歴史の…その負の部分を、全身で引き受けていらっしゃるように感じるの」
「インカとスペインの戦いの歴史の負の部分……?」
「ええ。
もしかしたら、トゥパク・アマル様も、そう感じていらっしゃるのではないかしら?
だから、トゥパク・アマル様は、どのような手段を使ってでも、アレッチェ様を完治させたいと願っていらっしゃるのではないかって……。
ならば、たとえアレッチェ様が、私のできることなんて取るに足らないものだと思っているとしても、やっぱり私は全力を尽くしたい。
一時は殺したいとまで思っていたのに、おかしいわよね……。
だけど…、今は、本気で、そう思ってるの。
なのに…、こんな気持ちじゃ……、こんなに怯えていたら、本当に癒すことなんてできないわ。
だから、私自身が、もっと―――」
そう独り言のように呟いて、コイユールが夜空を振り仰ぐ。
そんな彼女の清(す)んだ横顔に吸い込まれるように見入っていたアンドレスも、つられるように空を見上げた。
明るい月に照らし出された夜空は、それでも、月光の眩さに負けじと煌めき渡る、青、白、赤、黄などの色とりどりの星々によって、果てしなく埋め尽くされている。
「綺麗ね」
月と星々の華麗な饗宴を見上げながら、目を細めてささやくコイユールの声に、アンドレスも「そうだな」と、頷いた。
「ね、この話は、もうやめましょ。
せっかく二人で会えたんだもの。
それより、アンドレス、どうして、こんな時間に来てくれたの?」
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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。
≪コイユール≫(インカ軍)
インカ族の貧しくも清らかな農民の少女。義勇兵として参戦。
代々一族に伝わる神秘的な自然療法を行い、その療法をきっかけにアンドレスと知り合う。
アンドレスとは幼馴染みのような間柄だったが、やがて身分や立場を超えて愛し合うようになる。
『コイユール』とは、インカのケチュア語で『星』の意味。
≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。
トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。
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