自分と宿屋の主人とのやりとりを見守っていたジェロニモやペドロたちを、アンドレスが鋭く振り向いた。
「君たちも想像がつくだろう?
あのモスコーソに狙われた人間の末路がどうなるかってこと……!
しかも、この村の神父には何の罪状もないのに、それをわかっていて放っておくってわけにはいかない」
アンドレスの言葉に、ジェロニモが面白そうに、ニィッ、と笑う。
「アハハ!
あー、やっぱり、そう来ると思ってましたヨ~。
急ぐ旅の途中だったような気もしますケド、ここまで聞いちゃったら、放っとけないですモンね」
一方、ペドロは、すっかり困惑顔である。
(アンドレス様の気持ちはわかります。
しかし……、そんな人前に出るようなこと、危険すぎます!!)
宿屋の主人の存在を意識して口には出していないものの、ペドロの表情からありありとそのような言葉がうかがえる。
そんなペドロの様子に応えるように、アンドレスが視線で強く訴えた。
(ペドロ、心配はわかる!
だけど、放ってはおけないんだ!
完全に覆面を被っていけば、そこそこ人相は隠せるだろ?)
(はぁっ……。
かなり危ない橋を渡ることになりますよ!
……って言っても、止められそうにないですね。
まあ、わたしだって、その神父のことが気にならないわけじゃないですし……)
深く溜息をついたペドロのもっと部屋の奥では、壁にもたれて様子を見ていたヨハンが、(あーあ、この旅、まともに終わりそうな気が全然しねえなぁ)とでも言いたげな呆れ顔で、買い置きの水を瓶から喉に流し込んでいる。
アンドレスは、今一度、唖然としている宿屋の主人の顔を覗き込んだ。
「ご主人、このままでは村の神父様の身が危ない。
俺たちも、自警団やインカ兵の皆さんに力添えさせてください。
……こう見えても、多少は腕に覚えがありますので。
それで、村の教会の場所はどこなんです?」
宿屋の主人は、事態の流れに仰天しながらも、よほど正義感の強い旅商人とでも思ったのだろう、敢えて反対して止めるようなことはなかった。
「は、はぁ……助太刀くださるなら、ありがたいことではございますが。
場所でしたら、こんな小さな村ですから、ほんの目と鼻の先でございます。
それにしたって、くれぐれもお気を付けて……!」
村の教会の場所を伝えて宿屋の主人が部屋を立ち去ると、俊敏な手つきで武装を整えながら、ジェロニモがアンドレスの方へと素早く視線を馳せた。
「アンドレス様は、あの貼り紙を書いた人物が誰なのか、だいたい予想がつくって言ってましたよネ?
その辺り、そろそろ俺たちも教えてもらうことはできませんか?
この村の神父とは別人みたいですケド。
ですが、これから教会に行くンですし、多少の予備知識はあった方がいいと思うンです」
そのジェロニモの言葉に、アンドレスは「うん、確かにそうだな」と頷き返す。
「ジェロニモ、ペドロ、ヨハン、無茶を言って本当に申し訳ない……!」と謝ってから、語を継いだ。
「今のジェロニモが言った件だけど、そろそろ皆にも知っておいてもらった方がいいと俺も思う。
こんな時だから、手短に伝えるが…。
あ、それと、これは他言無用だ。
これから俺が話すことは、事が公けになるまでは、君たちの心の内だけにしまっておいてほしい」
ジェロニモとペドロは「もちろんです」と答え、一方、ヨハンは無言で肩をすくめただけだった。
が、ヨハンという人間が少しずつ分かってきていたアンドレスには、それがヨハンなりに了解しているサインだと察することができた。
「それじゃ、要点を話すから、昨日買い置きしておいた朝飯でもパパッと食べながら聞いてくれ」
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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。
≪ジェロニモ≫(インカ軍)
義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。20代半ば。
スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。
スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。
身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。
これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。
≪ペドロ≫(インカ軍)
インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。
此度のアンドレスの旅の同行者の一人。
20代後半の若さながらも郷里には妻がおり、息子思いの父でもある。
≪ヨハン≫(スペイン軍)
スペイン軍の歩兵。20代半ば。
偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった。
スペイン人らしい端正な風貌な持ち主で戦闘力もありそうだが、性格は傍若無人なところがあり、掴みどころが無い。
≪モスコーソ司祭≫(スペイン軍)
植民地ペルー副王領におけるカトリック教会の頂点に立つ最高位の司祭。60代前半。
単に宗教的な意味合いで高位に君臨する存在というだけでなく、植民地統治においても絶大な発言力を有する政治的権力者。
キリスト教の名を笠に着て、いかなる冷酷な所業をも行う一方で慈愛深げに振舞う、奇態な人物。
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