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マムの素 * 青カバ・ウィリアムはかく語る

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momo、ときどきモモ夫@ こんにちは! おめでとうございます♪♪♪ (*゚▽゚)/゚・:*【祝…
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本のある暮しあるいは村上春樹

2012.03.31
XML
三島由紀夫と愛猫
三島由紀夫と愛猫 posted by (C)poco


お引っ越しして2週間。
この間にもいろんな方がおいでになっているようで
カウンターも40万人を突破してありがたいものです。

白マム印 日本のこと日本のもの」には今現在
川端康成・三島由紀夫往復書簡を紹介中です。


さて、
この間楽天さんで購入した優れ物は



着物の着付けをしていて一番困るのは
帯枕が下がってくる!ことです。
ズリズリと帯がさがっちゃう。
で、
これ購入。

帯がさがりません!


解決しました。


でも、ストッキングに帯枕をいれてもいいんですけど~。







Last updated  2012.05.31 17:31:57
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2012.03.14
テーマ:春(3)
絲山 秋子 袋小路の男
絲山 秋子 袋小路の男 posted by (C)poco






絲山 秋子の袋小路の男を買う。














2012年03月09日_P3091104
posted by (C)poco










もう、春なんだなあと



しみじみ、思う。









*絲山 秋子公式ウエブサイト

     en1


合気道入江道場は現在、下記にて道場を開いています。

現在、京都府京都市、亀岡市、滋賀県大津市、
東京都武蔵野市桜堤

興味のある方は入江道場HPをご覧ください。

なお、3月17日(土)に烏丸御池稽古会 体験稽古会を開催します。
入門をお考えの方はおこしください。 詳細はコチラ


en2
   多田宏師範合気道技法全集 1 抑技編[DVD]


     en1


劇団道化 吉林食堂


吉林食堂 劇団道化

会場  東京都江戸東京博物館ホール

日時  2012年3月20日(火曜日・祝)

開場  14:30 開演 15:00

料金  2800円(前売り 2500円)

電話  092-922-9738

メール info@douke.co.jp

ホームページ







Last updated  2012.03.15 17:18:43
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2012.02.15

 




芥川賞受賞時の受賞作家のインタビューは

面白かったですね。

体をくねくねさせながらブー垂れる

田中氏に「なんじゃ、コイツ」と思って画面に

食いついた善男善女が多かったのでは。



おかげで彼の受賞作は売れに売れる結果となり

出版元の集英社は笑いがとまらないことでしょう。



芥川賞や直木賞が発表されて作品が読みたいなあと

思われたならば、単行本で購入せずに芥川賞なら

月刊誌の文藝春秋 、直木賞ならば、

オール読物を買われることをお勧めします。


受賞作が読めるうえに選評も読めますし、安いし

他の読み物も読めちゃう!










さて、スネーク田中(勝手によんでます)氏ですが、

内容は意外や、古典的ノーマル誰でもわかる作品です。


中上健次や初期の頃の宮本輝そして車谷長吉

系譜といっていいでしょう。

去年の受賞者の 西村賢太(苦役列車 )と

まさに同じ類です。


ストーリーもよくわかります。難解な言葉もない。

聞こえてくるのは、荒々しい息遣いです。

画像にすれば間違いなくR指定でしょう。


物語は父親とその子。

性と血が織りなす緊張感みなぎる

土着の悲劇なんですが、登場するどの女の人も

非常に個性豊かで強くて原始の力をもっている。




「もう立てんのやないかって思うとったけど、

案外、立てるもんやね」




これはね、つき合っている少年遠馬の父親に

ぼろくそに犯されて眼球を動かす力もなく固まって

いた千種が、遠馬の手を握りながら、立ちあがる

ときにはいた言葉です。



千種は生まれて初めて膝を伸ばすみたいに、

関節の動きを恐る恐る確かめ、しっかりと立った。

手は握り合ったままだった。

「もう立てんのやないかって思うとったけど、

案外、立てるもんやね」




好き嫌いは別として受賞に値する作品です。





が、



かたや の 円城塔氏!

インタビューの時とてもお行儀がよかった彼ね。

この人の作品は煮ても焼いても食えません。


読みはじめてすぐに、古川日出男氏の

アラビアの夜の種族という一大叙事詩のような

小説が浮かび上がってきました。



 






この円城さんは「アラビアの夜の種族」のような

荒唐無稽なのに、読書を引きずり込み咥えこむような

物語を展開したかったのだなあと想像しました。


あるいは、村上春樹さんがお書きになるわけが

全然わからないおとぎ話のような短編のパッチワーク状の

ような「物」を書きたかったんだろうなあと思うのですが、

まったくもって体をなしていません。




石原都知事閣下(田中氏がいったのよ~ 笑)が酷評したのは、

あのインタビューを見ているかぎりスネーク田中のことと

マムを含めだれもが思ったはずです。



ところがどっこい、実はこの大人しくお行儀がよかった

円城氏のことだったのです。




小説は何をいわんとしているか、などはどうでもいいんです。

その内容にどれだけ読む人間をひきずりこむか、なんです。

ひきずられるほどそれは優れた作品だと思います。



ところが円城さんの作品はまったく入れない。

それは難解という以前に技が低すぎる。

撰者の宮本輝さんが「作者は眼は高いが、手が低すぎる」と

うまいことを仰っています。


なんや知らんけど、一緒に地獄までいったろか・・・と思わせないん

ですねえ。


円城氏は東北大学を出て、東京大学の博士課程修了という

経歴の持ち主です。

「物理学も文学も、実験精神は一緒」という彼の言葉には

大賛成だけど、結果ちっとも面白くない・・・んじゃあ

賞には値しないと思うなあ。






石原都知事閣下の

選評の最期を引用しましょう。





「言葉の綾とりみたいなできの悪いゲームに

付き合わされる読者は気の毒というよりない。

こんな一人よがりの作品がどれほどの読者に

小説なる読みものとしてまかり通るかは

はなはだ疑わしい。

故にも老兵は消えていくのみ。

さらば芥川賞。」




奈良菩提山 正暦寺
奈良菩提山 正暦寺 posted by (C)poco



 ・ * ・ * ・ * ・ 


お~い京都の人~~~


<京都きっずフェスティバルin同志社>

の、お知らせ


2月19日(日)に同志社大学今出川校舎 

講武館にて京都きっずフェスティバルin同志社

が開催されます


日時 2012年 2月19日(日)
      10:30-15:00
場所 同志社大学今出川校舎 講武館1階

アクセス 地下鉄 今出川下車


入江道場は、合気道の演武に加え、合気道体験ワークショップ

を開催します。子供達だけでなく、親子でできる体験会

にしたいと思っておりますので、ぜひご参加下さい。


*京都きっずフェスティバルHP

*合気道多田塾入江道場HP 









Last updated  2012.02.15 18:49:25
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2011.12.14


新潮社にはのせられておるマムです。




本屋の新潮文庫の棚をなめるように見る。

読むべきほんが、、、もうない。

300冊以上は読んだわけだから当然のこと。

2度も3度も読んだ本もかなりある。





ひらめく! 嗜好は度外視して新潮文庫で

一番安い本を購入しよう。

いい考えである。


結果、








小さき者へ ・生まれ出づるなやみ / 有島武郎 、300円也。


いい感じである。







しかし、新潮社は商売上手である。



マムの趣味は読書であるが、それだけで

こんなに読むものか!






実は



マムは



新潮文庫の Yonda?CLUBグッズが

大好きなのであるぅ。


ち!



してやられた。






2011年12月14日_PC141023




↑これだけで200冊以上読んだことになる、、、

かなあ。



2011年12月14日_PC141024<
カワユイ!




マグカップ4個にピンバッジにバッグと

その他いろいろ、まだまだマム家の

ブラックホールにはYondaパンダが眠っておる。




う~ん、

新潮社、お前もワルよのぉ。







ちなみ太宰の人間失格も300円。

2番手に安いのも太宰のヴィヨンの妻、

380円である。








Last updated  2011.12.23 22:16:00
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2011.06.12
スピーチ全文1スピーチ全文2


1735118276_249



村上春樹さん:カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文 3


 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく
「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を
超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、
どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な
災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点
になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れては
なりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を
持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前
に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人は
いつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。
それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、
その力を信じるものでなくてはなりません。

 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故
の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。
そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、
ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そして先日
のロルカ の地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したいと
思います。

(バルセロナ共同)






Last updated  2011.06.12 00:44:02
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スピーチ全文(1)

ひとりでも多くの方に読んで欲しいと思い前回に続き(2)
をアップします。
とにかく、まづ立ち止まりましょう。そして考えましょう。(マム)



1735118276_249


村上春樹さん:カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文(2)



 日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。
我慢することには長けているけれど、感情を爆発させるのはそれほど得意
ではない。
そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは少し違っているかも
しれません。
でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。

 しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで
許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくては
ならないでしょう。今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる
問題であるからです。

 ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を
持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、
米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が
失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。
しかしここでは、その是非を問うことはしません。

 僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、
生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、
時間をかけて亡くなっていったということです。核爆弾がどれほど
破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷
跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

 戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興
であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度と
武力を行使することはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、
その二つが日本という国家の新しい指針となりました。

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。
そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、
我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。
その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて
被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、
またその力の行使を防げなかったという点においては、
我々はすべて加害者でもあります。

 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、
三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し
続けています。それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にも
わかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな
核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。
我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、
我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。

 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた
核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?
我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、
歪められてしまったのでしょう?

 理由は簡単です。「効率」です。

 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。
つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、
とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、
原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な
金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも
安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが
原子力発電によってまかなわれるようになっていました。
国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、
世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまった
わけです。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは
電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられ
ます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が
広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、
ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、
「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、
今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。
それが現実です。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実
とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎな
かった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替え
ていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると
同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範
の敗北でもありました。我々は電力会社を非難し、政府を非難します。
それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は自らを
も告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でも
あるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。
そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心
になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、
大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう
言ったそうです。

 「大統領、私の両手は血にまみれています」

 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから
取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」

 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、
この世界のどこを探してもありません。

 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の
意見です。

 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、
原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべき
だったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。
それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験
によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく
持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の
歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の
取り方となったはずです。
日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要
だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となった
はずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に
流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は
自然災害の被害を乗り越えていくことができます。またそれを克服する
ことによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。
我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になり
ます。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員
の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、
彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、
その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする
手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に
出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を
進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、
しかし心をひとつにして。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たち
が進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、
新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした
新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。
それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌の
ように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、
まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。
その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。

 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろい
ゆく儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外
なく滅びていきます。大きな自然の力の前では、人は無力です。
そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになって
います。しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような
危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続ける
ことへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。

 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞を
いただけたことを、誇りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れて
いますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。
しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、
同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、
日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、
人々の手に取られることにもなるのです。僕はそのように、同じひとつの
物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。夢を見ることは小説
家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分
かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。

 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、
ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を
護ってきたことを僕は知っています。我々のあいだには、分かち合える
ことがきっと数多くあるはずです。

(バルセロナ共同)
                               つづく






Last updated  2011.06.12 00:37:32
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2011.06.11

ひとりでも多くの方に読んで欲しいと思いアップします。
村上さんの意見に、肯定する人、否定する人、どちらにせよ
私達は立ち止まり、深く考える時だと思います。(マム)




1735118276_249





村上春樹さん:カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文(上)

カタルーニャ国際賞の授賞式で、スピーチする作家の村上春樹さん
=スペインのバルセロナで2011年6月9日、ロイター 9日のスペインの
カタルーニャ国際賞授賞式で配布された作家村上春樹さんの受賞スピーチの
原稿全文は次の通り。(原文のまま)



 「非現実的な夢想家として」

 僕がこの前バルセロナを訪れたのは
二年前の春のことです。
サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。
長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。
どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たち
が僕にキスを求めたからです。それで手間取ってしまった。

 僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、
女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。
それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかが
わかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、
もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。

 でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、
もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を
巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、
一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。

 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波は
すさまじい爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの
高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで
駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ
切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明
のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も
見つかっていません。おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるの
でしょう。そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像
すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や
友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失い
ました。根こそぎ消え失せた集落もあります。
生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。

 日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていく
ことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、
台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が
失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。
日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、
危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言うなれば、地震の巣の上で生活
を営んでいるようなものです。

 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、
地震については予測がつきません。ただひとつわかっているのは、
これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間違いなくやってくる
ということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の
地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者
が予測しています。それは十年後かもしれないし、
あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような密集した
巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらす
ことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。

 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も
「普通の」日々の生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に
乗って通勤し、高層ビルで働いています。今回の地震のあと、東京の人口
が減ったという話は耳にしていません。

 なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい
場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?
恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。

 日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く
状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。
この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまる
ことなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のもの
などどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」
という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く
焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わる
ことなく引き継がれてきました。

 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの
世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方で
す。
しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を
見出してきました。

 自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、
秋になれば紅葉を愛でます。それも集団的に、習慣的に、
そうするのがほとんど自明のことであるかのように、熱心にそれらを
観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば
混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。

 どうしてか?

 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまう
からです。我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を
運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、
小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろ
ほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、
かえって安心を見出すのです。

 そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、
僕にはわかりません。
しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では
「仕方ないもの」として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き
続けてきたのは確かなところです。あるいはその体験は、我々の美意識
にも影響を及ぼしたかもしれません。

 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、
普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、
今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じて
います。

 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がって
いくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。
我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。いつまでも
ショックにへたりこんでいるわけにはいかない。
壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。

 結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。
どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからと
いって、文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが地球の属性
のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存し
ていくしかありません。

 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できない
ものごとについてです。
それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらはかたちを持つ
物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りには
できません。機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに
拵えられる、というものではないからです。

 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった
六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに
周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、
まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水
が、近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。

 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀
なくされました。
畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。
そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。
その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、
近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。

 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、
その原因はほぼ明らかです。原子力発電所を建設した人々が、
これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。
何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを
指摘し、安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを
真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに一度あるかないかと
いう大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところ
ではなかったからです。

 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策
を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受

 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、
明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を
超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。
我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。(バルセロナ共同)




                     つづく






Last updated  2011.06.12 00:33:21
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2011.06.08



2011年05月29日_DSC_0643皇居の楠






子供の頃、本当によく木に登っていました。

田舎のことですから庭がとっても広くって

さあ、お登りって具合に木が生い茂って

いました。

多分、誰にも負けないってくらいに木に

登っていました。二人いる兄よりも木に

登っていました。


そのせいか今も木が大好きです。

だから木を見ると、まずその攻略法を考えちゃう。



皇居の東御苑の大きなクスノキを見たら

登りたいなあって思ってしまいました。






2011年05月29日_DSC_0642






この頃、とっても忙しいです。

「なんでこんなに忙しいのかなあ。

バカみたい」と、思わずつぶやいて

しまいます。



それでも、昨日は胡麻豆腐を10個作っちゃう。

これは性ですね。          笑

大好きな友達にあげて、美味しかったという

メールをもらうと、木に登って空を眺める

ような心持になってしまいます。












この絵本、大好きです。






Last updated  2011.06.08 23:49:05
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2011.05.12
テーマ:本日の1冊(3010)




朽ちていった命  新潮文庫¥460




1999年におきた東海村臨界事故を

覚えていますか。



ずさんな管理が慣習化し、本来あった

はずの厳正なるマニュアルは隅においやられ

いつのまにかてっとりばやく簡単な

マニュアルが作業員に流布されます。


なにも知らされていない、あるいは

知らない作業員はその杜撰なマニュアルを守り

ウラン溶液の移し替えを、バケツでおこなっ

ていた最中に作業員は青白い光を見ます。


館内に放射線が出たことを知らせる警報が

なり響きます。


本書は、この時すさまじい量の放射線を

一瞬にして浴びた作業員の壮絶なる

死への道、被爆治療の全記録です。


実はわたしはこの本をまだ読了しては

いません。


読むのにこれほど辛い本はありません。


患者の症状は想像を絶するものです。


染色体が完全に破壊され体は再生されず

皮膚が壊死してくずれだしていきます。


粘膜がはがれおちからだの表面と内臓からは、

血液と体液が流れだしていきます。


それは亡くなられるまで続きます。

お一人は被曝から83日目に、もうお一人は

211日目のおなくなりになりました。




対した医療チームも精神的においつめられて

いきます。

単なる延命治療?

人体実験?

医療チームが良心の人たちだけに

彼らも堪えがたい日々をおくっていったのです。





この本は現在の福島原発の放射線漏れに

くらべて規模がまったく違います。

だからこの本を読んで放射能の恐ろしさを

知ろう、という考えの人が安直に読むべき

本ではありません。


それはかえって混乱を引き起こします。

不安をあおるだけになります。




わたしが、なぜこの本を紹介するかと

いいますと、このようなことが

あったことを、忘れてはならないという

ことです。



職務をまっとうした、危険な仕事をさせられて

いるにも関わらず、末端に座らされていた

人たちが、どのような死に方をしたか、

忘れてはならないといことです。




無にしてはいけない。




なにもかも忘れてしまうから、

同じことがおこってしまう。



この本を読んでくださいとはいいません。

ただこういうことがあったことを

忘れないでいただきたいのです。



安全神話などありはしないのです。




空き地の雑草


youtube:東海村JCOバケツ臨界ウラン放射線・放射能被爆事故






Last updated  2011.05.13 16:59:16
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2010.12.09


「悩ましい」の使い方が悩ましいマムです。

そこで

たびささんが広辞苑を引いて教えてくれました。

悩ましい
広辞苑では実は、色っぽいという意味は3番目で
1番目の意味は「悩みを感じる、難儀である」。



で、うちの大辞泉で、確かめてみよう!

っと、思い立ったマム。




大辞泉、だいじせん、ダイジセン・・・。

大辞泉はどこだ~?








2010年12月09日_PC090169







この前まで、イカちゃんのうたたね枕だったの・・・。









Last updated  2010.12.09 22:32:11
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