テーマ:今日聴いた音楽(75344)
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1980年代半ばごろ、一日12時間前後は自分のオフィス(あるいは独房)で過ごしていた。ほぼ毎夕方、一息つきたいころになると、同僚の誰かが雑談のために僕のオフィスを訪れる。訪問者の中に、中国系アメリカ人の年下の女性がいた。最初のうちはありふれた恋の話の聞き役を探していただけの彼女だったが、アジア人同士で親近感を抱いたのかあるいは僕の聞き役ぶりに満足したのか、やがて足繫く訪れるようになった。僕は、ティーバッグや音楽で彼女をもてなした。ラジオ付きカセットテープ・プレーヤー、いわゆるラジカセで、イーグルス(Eagles)やキャロル・キング(Carole King)を流した。You've Got a Friend、Lyin' Eyes、Hotel California。二人のお気に入りはイーグルスのTake It to the Limitという三拍子の曲だった。僕は英語の歌詞をよく理解できなかったので、ネイティブの彼女に聞き取りをしてもらった。
ある日の黄昏時、なんとなくある女性のことを思い出していた、僕のことを好きだったかもしれない女性。僕はずっと夢想するのが好きだった、現実の人生からは逃げ出して。変わろうとしても変われない、腰を落ち着けることのできない自分。でも最近見る夢はいつも同じような結末なのだ。だから、どこかハイウェイに連れてって標識を見せてくれ、そしてもう一度限界まで連れてってくれ。内省的な主人公の心に浮かぶ想念をあまり前後の繋がりなく並べた詩句だった。しかし、夕刻の青い光、女性の不確かな心情、現実に根を下ろせない夢想家、時間と金と愛の相互関係、粉々になりそうな心、それを誰かに救って欲しい、自由を求めながら孤立したくない自分。節ごとのこういったイメージは青春の曖昧で脆弱な方向性をうまく表現していた。そしてサビだ、So, put me on a highway, show me a sign, take it to the limit one more time。突然、ハイウェイにやってきて標識を見せろ、そして限界まで連れてけ、と昂揚感たっぷりに歌っている。ここは隠喩として読んで、自分の限界を試せとか限界に至るまで努力しろとか解釈するのが普通だろう。 この曲の歌詞を書いた、そして歌っている、イーグルスのベーシスト、ランディ・マイズナー(Randy Meisner)自身は、人生哲学を込めたと発言している。何かの目的に向かう飽くなき努力を励ますことだとか。 南カリフォルニア、ウェスト・ハリウッドにあるTroubadourという生演奏クラブで、1971年にリンダ・ロンシュタットが結成を促したイーグルス、マイズナーはその設立メンバーの一人だった。数日前(2023年7月26日)、77歳でこの世を去った。 この曲についてのネットのコメントを読むと、ほとんどだれもがマイズナーの高音の美しさに触れている。どれだけ高い声なのか見てみよう。88鍵ピアノの真ん中のドは普通C3(0から数えて3オクターブ目のC)と表される(注意:西欧では0からではなく1から始めるのでC3ではなくC4となるようだ)。普通の男性の場合、地声(チェストボイス)での高音の限界はF4あるいはG4(4オクターブ目のファとソ)くらいだろう。マイズナーが歌うサビの「テイク・イット」のところはG#4・B4となっていて、多くの男性の高音限界を超えている。それをさらっと歌いきる。さらに、この曲のエンディングに近づくと、他のメンバーのバック・コーラスが「テイク・イット・トゥ・ザ・リミット」と繰り返す間を縫って、マイズナーが(裏声だろう)D#5・C#5・B4の音を挿入してくる。そしてとうとうG#5からF#5と不可能とも思える頂に上り詰め、F#5を長く伸ばしてエンディングに至る、まさにTake It to the Limitである。 マイズナーは1977年にイーグルスから去った。その理由については、二人の主要メンバー、ヘンリー(Don Henley)とフライ(Glenn Frey)のバージョン(ドキュメンタリー「イーグルスの歴史」などで語られている)とマイズナーのバージョンでは若干異なる。ここでは深入りしないが、ひとつだけ確かなこと:1977年6月、テネシー州ノックスヴィルのコンサートの時、マイズナーが健康上の理由(胃潰瘍の悪化とインフルそして前夜の深酒)から、三度目のアンコールはもう無理だと告げたときに、頭にきたフライがマイズナーに侮辱的な言葉を浴びせた。切れたマイズナーはフライを殴り、掴み合いに発展した。マイズナーはHotel California Tourと名付けられたこの長期ツアーの最後までバンドにとどまったが、このいざこざ後、他のメンバーから無視される苛めを受け、耐え切れずにバンドを去った。 壊れた関係が元通りに戻ることはなく二人ともこの世を去った、マイズナーは2023年に享年77歳で、フライはこれより早く2016年享年67歳だった。二人の関係が爆発するまでには、おそらく政治的・経済的嫉妬や競争があったのだろう。根は深く、単にその晩の衝動だけが原因ではなかったと思われる。 現在のところまだ聴くことのできるユーチューブのリンクを付けておく。 Take It to the Limit #1 Take It to the Limit #2 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023.08.01 08:51:44
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