ピエロのダンス
裕子はパーティ場の片すみで一人でダンスの練習をしていた。そばにいた人たちも彼女がそんなことをしてもさして興味を持たなかった。何しろこの夜は普通の人などいない仮面舞踏会だから。 そして肩を叩かれた裕子は振り向いてホッとした顔になった。「聡美さん」だが首を振りながら「はじめましてサトシです」と答えた。仮面を付けた男装麗人だったからだ。「ご主人の?」「亡くなった父の。かなり古物」「でもすごいわ! 似合ってる」「それより何してるの」「ピエロが私とダンスをしたいらしいの」「私が右足を出したらあなたは左足を引く あなたが右足を出したら私は右足を引く 」「サトシさんも同じこと言われたの!?」「くるりと回ってオーレ!」「オーレって掛け声でしょう?」「スペインの闘牛士よ。真っ赤なファーの扇子みたいな色で牛を誘うのよ」「私が牛?」「それより写真撮ってくれるそうよ。裕子さんもステキよ」 と手を引っ張った。サトシはいつもより強引だった。 写真コーナーではそれこそ多種多様。大きなお腹のカエル、インドのサリー、ミツバチマーヤ、オテモヤン、日本髪の人、ヒョウにカンガルー。裕子は小声でこっそり「私たちが一番まともよね」 大きくうなづいてからサトシは「でも一番の大物がいるわ!?」 サトシが知っていた船の中で一番年上だった老婆が赤ちゃんの格好をしていた。その彼女を見て「わぁ、みんないつかはああなるのね」 大きくうなづく二人だった。 酔っ払って部屋に戻った裕子は夢を見た。ピエロが船の中で一人で踊っていた。くるくる回って右手を上げて「オーレ!」。そう言ってグスグス泣き出した。「ピエロどうしたの? 泣いたりして」「ボクのこと忘れたんだね」「えっ!?」「一緒に船に乗ろうと言っただろ?」 裕子はその声で目を覚ました。「忘れてた」 まだなんの整理も出来ていない段ボールの山。引っかき回している裕子。「あったー」 裕子は家から持って来たピエロの人形を裕の位牌と写真の隣りに置いた。そして裕子は自分がどんどん物忘れが酷くなることにまだ気づいていなかった。