2008/11/07(金)17:39
人間の強さ。
榎田尤利さんの、『交渉人は疑わない』を読みました。
待ちに待った、嬉しい続編です!
交渉人の芽吹章の事務所に、一人のホストがやってきます。
結婚妄想に陥った客に対する交渉依頼だったのですが、実は、それは芽吹を誘い出す罠でした。
ホストには、芽吹の高校時代の後輩であり今は極道の幹部となっている兵頭寿悦に対し、遺恨がありました。
依頼人を信じる事に徹した芽吹は、やがて過去の真実へ辿り着きます…
本編は芽吹の一人称、序章と終章は他者視点、という構成は今回も実に効果的です。
何しろ物語の初っ端で、新人ホストのアッキーなんてご馳走をいきなり供されるわけで、ホストクラブだろうと何だろうと、要望あらば何処でだって出張相談鋭意開催してしまう芽吹の姿が、活き活きと描かれます。
前作から待たされる事1年8ヶ月あまり、交渉人・芽吹章が鮮やかに復活した事が、もう嬉しくてなりませんでした!
自分が騙されていた事を知り、兵頭の過去に衝撃を受けつつも、己の姿勢を貫き通す芽吹という人間の根幹にあるものは、一体何なのだろうと思います。
他者に対する誠実とか、真実に対する信念とか、内面的に強固なものが確実になければ、とうてい貫けないと思うのですが、でも、芽吹は「俺は弱虫だから」と言います。
芽吹は、決して幸せとは言えない育ち方をしていて、それでも誰を恨む事も憎む事なく、むしろ優し過ぎるくらい優しいのですが、それが、時として忸怩たる思いを味わわせたのかもしれません。
他者を見て見ぬ振りが出来、切り捨てる事も躊躇しない冷徹さを必要とする事態に直面したとき、芽吹は己の優しさに打ちのめされ、そして自分は「弱虫」だと自覚してしまったのでしょう。
でも、現実的には強い人間など少数で、普通の人間は皆他愛ないほど弱いものです。
己の弱さから目を逸らして生きている人間が殆どで、ところが芽吹は弱い自分から全く逃げようとしません。
自分の弱さと葛藤しながら己の姿勢を貫ける芽吹だからこそ、固執する事なく、強硬になる事なく、多種多様な対応の出来るしなやかさを持ち得たのだろうと思います。
今回、自分を騙そうとした依頼人に対し、ひたすら信じる事をつらぬく芽吹の姿勢に、人間の真の‘強さ’というものを考えさせられました。
反対に、‘弱さ’を露呈したのは、兵頭です。
芽吹に対する執着は最早隠しもしませんが、それは同時に最大の弱点となって敵に絶好の標的と認識させるでしょう。
今回の敵…と言うには小物過ぎますが…である鵜沢は、芽吹自身に下卑た執着があるので大事には至りませんが、今後もし手強い敵対勢力などに狙われた時どうなるだろうと不安を感じてしまいました。
落下しそうになった芽吹を抱き止めた兵頭は、あまりにもストレートにその恐怖と安堵を表し過ぎているのです。
そこには、芽吹に対する恋心(芽吹に対する想いは、どうも高校生当時から成長しているとは思えません…)の激しさと、そして失ってしまった過去に対する深い疵を感じさせ、兵頭の素の部分を曝し過ぎています。
もしかしたら、そのあたりが今後の展開に係わってくるのかも知れません。
と、物語の内面的に考えされられる部分は、なかなか深刻なのですが…
実際のところは、前作以上に軽妙な会話が勢い良く転がって、面白いやら!可笑しいやら!
何といっても、黙って立ってりゃ綺麗どころなはずの芽吹が、ますます中年的しがない風味を増していて、ロマンチックの欠片も霧散する一方です。
だから、せっかくの待望の一夜の風情のない事といったら…BL作品中、屈指の情緒の無さだと思うんですけどね。
あれで、兵頭の方には、いくらでも甘ったるくなる要素があるのに…
そして、ますます魅力的…というか、お花ちゃん度UPのキヨが、可愛いったらありません♪
ちっちゃいモン好きなのも露呈して、ひょっとしたら自分の部屋に、ちっちゃくて可愛いフィギュアがたくさん並んでるんじゃないか…なんて、つい想像してしまいました。
その、ちっちゃいモン好きが高じたかもしれないキヨの恋(?)も、今後の愉しみです!
また、芽吹の友人として登場した弁護士が、どうやら兵頭に対して一歩も引かぬ構え。
これは、芽吹を間に挟んで、両者ガンガンぶちかまして戴きたい!
んでもって、芽吹…キミ、『Expressions』買いなさい! それも、カラオケCD付きの方♪
奈良千春さんのイラストが、実にコミカルで魅力たっぷりです。
奈良さんの画風が変られた事は実際感じていますが、今回は意図的なトコロもあったのではないかと想像しているのですけど… この作品の軽妙さには、相応しかったと思います。
いっその事、コミカライズして戴きたいくらいなのですけどね。
個人的に、今回一番のイラストは、携帯の待ち受け画像…何てまぁ、兵頭ってば可愛いコトを♪
次点は、裏表紙のキヨとシャチドン……誰か、名古屋に出張しないかなぁ…
芽吹の軽妙なセリフの数々、兵頭のこってりとした風情、全て平川大輔さんと子安武人さんで脳内変換しつつ味わいました。
待望の続編が出て、こちらもCD化を期待せぬわけにはいられません。
で…依頼人のホストは、近藤隆くんに色気と愛嬌の合いまった青年声で…そして弁護士は、中村悠一に硬質な低音で…
サイバーさん、お願い…
『交渉人は疑わない』 2008年10月30日 SHY NOVELS
榎田 尤利 * 奈良 千春