★3月30日(Gate♯90)
【自分に問いかける日】
見知らぬ星に、たった独りで置き去りにされたような奇妙な感覚。
行き交う人々との関係性は希薄で、切り離されたような疎外感を感じたら、自分は一体誰なのか、ここで何がしたいのか、もう一度問いかけてみよう。
(以上転載)
このレポートが誕生したきっかけは・・・
『
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『
★マンガ『ぼくの地球を守って』はフィクションなんかじゃなーい!その13★』からの続きです。
(以下のレポートは、1994年に執筆したもので、その後の追加情報は【関連情報】にアップしました)
こうした宇宙飛行士たちが、宇宙へ進出する以前の1950年代、当局はまだ、自らのシナリオによる一大陰謀スペクタル・ショーを実演するだけの演出力(宇宙開発技術)と、キャスト(宇宙飛行士)を持ち合わせていませんでしたので、他の惑星の住人と会見したと主張する人々に対する反論としては、UFOは幻覚であり、そのようなコンタクトはデタラメであるという声明を発表することぐらいしかできませんでした。
当時、こうしたコンタクティたちは本を出版したり、講演会を開いたりしていたので、この「ペテン師」たちがせっせと自分たちの思い通りに人々からカネをまきあげているのはけしからんと考えていた人物がいました。(実際、その中には本物のペテン師もいました。)
4700名がアダムスキーの講演会に(1954年3月28日、デトロイト)
彼、レナード・ストリングフィールドは、彼の住む町で2人のコンタクティが講演会をすることになったのをきっかけに、1954年、市やFBI、空軍、その他関連の政府機関に対して抗議をする直接行動にでました。
しかし、それらの機関は、個人的意見を述べる権利は彼らにも保障されているとして、彼の抗議を却下しました。
一向に彼らを取り締まろうとしない政府のやる気のなさに腹を立てた彼でしたが、アダムスキーが書いた本の中に次のような文章を見つけたとき、ある秘策を思いつきます。
「私が宇宙船に同乗して行った旅行の一つについては、ちゃんと複数の目撃者がいる。
2人とも高い地位にある科学者である。いったん彼らが声明を発表することが可能となれば、状況は一夜にして変わるに違いない。
しかしながら、あらゆることが安全保障上の措置として機密扱いされるような現状を考えるならば、彼らとしてもここ当分の間は今までどおりに人目につかぬようにしてゆかざるをえないのである。
だが、2人はこう言っている。もし国の防衛も自分自身の身の安全も危機にさらされずに自分たちの握っている証拠を公表できると確信できる時が来れば、その時はマスコミを通じてそれを公にするつもりである、と。・・・」
ストリングフィールドとしては、アダムスキーが自分の体験には公的な立場の証人がいると宣言したことで、アダムスキーを連邦裁判所に召喚し、身の安全を保障した上で2人の科学者に証言させようとしたのです。
そうすれば、アダムスキーがその科学者を提示することができなかった場合は、政府はアダムスキーを合衆国の郵便制度を不法に利用(本の郵送販売)して詐欺行為を行ったかどで告訴できるし、逆にその体験が事実だったとしたら、科学者の証言によって科学的に実証することにもなると考えたのです。
彼は友人の弁護士に相談し、ある下院議員に紹介されたワシントンの某政府機関に手紙を出しました。
ところが、彼らの訴えは単なる一市民の苦情として、お決まりのお役所的答弁で軽くあしらわれてしまいます。
末端の職員には、このアダムスキー問題の重要性など知るよしもないのですから当然のことかもしれません。
あるいは上層部にも話は通じていたかもしれませんが無視していれば、そのうち収まるだろうと楽観していたのかもしれません。
ともかく、この対応は、ふだんは極めて穏健であるという、その友人の弁護士までも激昂させてしまいます。
「われわれにこんな返事をよこすなんて、連中は何様だと思っているんだ。こうなったら最後までやり通してやるからな。」
彼がそのことを例の下院議員に伝えると、相手は、どうか自分がワシントンに連絡をつけられるまでは、何も行動を起こさないようにと頼みました。
そして、その週のうちに、その弁護士は一つの回答書を受け取ります。
彼らが受け取った公式声明それ自体は、何と当時のCIA長官アレン・ダレスじきじきの手によるものでした。
それには、こう書かれていました。
「確かに貴下に置かれましては、連邦裁判所で訴訟を起こすだけの事由をお持ちです。
しかしながら、もし必要とあらば、差し止め命令を発動することによって、本官は何ぴとといえども、法廷で、この書物(「宇宙船の内部」邦訳:「第2惑星からの地球訪問者」)に関する証言を行わせないつもりでおります。
なぜならUFO問題に関しては最高度の機密保全が存在するからであります。」
東京造形大学の教授からいただいた原書「宇宙船の内部」
ストリングフィールドは、もし差し止め命令を発動された場合は、自分たちがにっちもさっちもいかない状況に追い込まれ、逆訴訟の対象にもなりかねないという友人の忠告にに従い、その訴訟をあきらめます。
これは、当時すでに当局がアダムスキーの体験が事実であることを知っていたということであり、アダムスキーの主張の正当性を傍証しているよい例だと思います。
実際、1952年11月20日にアダムスキーが、カルフォルニア州の砂漠地帯で初めて金星人と会見している様子を、空軍のパイロットが上空から撮影しています。(15)
【参考文献】
(15)『UFO教室』第19号 (UFO攻略記 レナード・ストリングフィールド著 梶野修平訳)UFO教育グループ 1988
【関連情報】
『
★Uは何しにFOへ!★』
『
THE ADAMSKI CASE』
その15に続く
心からの感謝をこめて・・・・みお \(@^O^@)/
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