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カテゴリ:楽園に吼える豹
薄暗い廃工場。バブル崩壊時に夜逃げした会社の社長が残していったものだ。空のドラム缶やスクラップがそこらじゅうに打ち捨てられている。
そこは今では、不良グループのたまり場となっていた。時間は午後十一時をまわっていたが、今も二十名近くの少年少女がたむろしている。その中にリョウジもいた。 「お前、なかなか使えるじゃねえか」 グループのリーダーにそう褒められて、リョウジは得意げに笑って見せた。リョウジはこの、既に善悪の区別がつかなくなっているリーダーに、歪んだ尊敬を持っている。 そのリーダーに喜んでもらい、気に入られるためなら、何でもする気になっていた。 「けどあの…アスカとかいったか、あの女と一緒にこれを奪ったんだって?」 リーダーの男はドラッグの入った袋をひらひらと振った。 彼の顔にちらりと浮かんだ渋い表情をリョウジは見逃さなかった。彼はアスカがグループに入るときもあまりいい顔をしなかった。手柄を立てることで、グループ内で彼女の存在感が増していくのが嫌なのだろう。 すかさずリョウジが口を開く。 「大丈夫ですよ、リーダー。実は俺、あいつにもこのクスリをやったんです。 これであいつがヤク中にでもなったら、いろいろ役に立つと思って」 リーダーの男は一瞬面食らった顔をしたが、すぐに下品な笑みを作った。 「なるほどな、あいつを利用すればまたクスリが楽に手に入るってわけか」 ―――そのためにはアスカを薬物中毒にしてしまうのが手っ取り早い、と。 「確かに、考えてみればあいつほど役に立つ戦力はねえしな」 「そうでしょう? それくらい役に立ってもらわないと、近づいた意味がない」 「悪い奴だなー、お前も。あいつが報復で殺されたらどうするんだよ」 リョウジは一瞬考え込んで、そして言った。 「その時はその時ですよ。何も変わりゃしません。人間が一人いなくなるだけです。―――いや、奴は化け物でしたかね」 その場にいた全員が大声で笑った。 その様子を、二つの金色の瞳が見つめていたことも知らずに。 (―――ああ………) 頭の中を、砂嵐のようなノイズが飛び交う。 (ぬるま湯が、消えた) 気付いたときには、アスカの右の拳は血だらけになっていた。 けれど不思議なことに、痛みは感じなかった。腕を撃たれていたはずなのに、その痛みもない。 その撃たれた腕でリョウジの胸倉を掴んでいたことを思い出した。彼をどのくらい殴ったのかもう見当もつかない。 周りには死んだように動かない人間たちの姿。青い月明かりに照らされて、不気味に輝いていた。 ―――夢を見ているようだ……… 『―――化け物』 そういったのは、リョウジか、他の誰かか。 「……なんだ…」 アスカはリョウジの服を掴んでいた手を離した。人形のように、リョウジの体は床へ倒れる。 「あたしはホントに化け物じゃないか………」 “君は悪くないんだ。―――君のせいじゃ、ないんだよ” (違う。これは…あたしのせいだ。あたしが、やったんだ……) アスカはがくりと膝をついた。 虚空を見上げる金色の目。その色は、彼女の心を映すかのごとく、虚ろだった。 「―――はい!?」 突然鳴り出した携帯に、橘は即座に出た。ゴウシからだった。 「え? すみません、もう一度…」 雑踏のノイズが邪魔をして、ゴウシの声が聞こえない。だが聞き返した後にもう一度ゴウシから発せられた言葉を聞いて、橘の顔から血の気が引いた。 『―――よく聞いてくれ。アスカが………』 つづく ネット小説ランキング、人気ブログランキングに参加しました。 あと二、三回で終われると思います! 長々とお付き合いくださってありがとうございます(>_<) ↓ ネット小説ランキング>異世界FTシリアス部門>「楽園(エデン)に吼える豹」に投票 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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