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カテゴリ:楽園に吼える豹
アンティオの基地の視察が滞りなく終了すると、次に待っているのはトゥーリア新大統領との会談である。
このメインイベントは、トゥーリアとセルムの友好関係確認という、パフォーマンス的要素の強いものではあったが、天然資源を提供する側とされる側という関係に立つ二国(もちろんセルム公国は後者だ)にとっては、将来にわたって良好な関係を保つために必要な会談だった。 それは、基地のあるアンティオの市街地を通り抜け、砂漠のど真ん中を走る道路を西に十キロほど行ったところにある、トゥーリアの首都・カークダッドに聳え立つ王族の宮殿で行われる。 政治的色合いの濃い本日の会談が、なぜ政治から遠ざかって久しい王族の膝元で行われるのか、トゥーリアの国情に暗い者にはわからないであろう。 トゥーリアは内戦の惨禍を潜り抜けたばかりで、いまだ治安は安定しない。 国を統治する者として情けない話ではあるが、トゥーリアの新たな大統領は、テロリストたちが潜伏している恐れが多分にある街中よりも、政治の実権は失ってもいまだ権威を保ち続けている王族の宮殿内のほうが、外国の賓客を危険にさらす可能性は低いと判断したのだ。 藤堂は、空港から基地まで来たときと同じように、防弾ガラスを装備したリムジンに乗り込んだ。 ユキヒロもそれに同乗する。アスカは、藤堂の護衛としてついてくる軍の装甲車に乗り込むことになった。そのほうが、緊急事態が起こってもすぐに飛び出すことができる。 アスカは念のため、ユキヒロに無線機を渡しておいた。もしものことが起こっても、敵をアスカのほうへ引き寄せておき、藤堂を避難させた上で、後に場所を教えてもらい合流することができる。 「よっしゃ、いくぜ」 アスカは他の軍人と共に装甲車に乗り込んだ。 軍服を着た屈強な男たちの中に、一人だけ少女が混じる。 戦闘服(コンバットスーツ)を身に着けて、防弾チョッキを装備していることを除けばそこいらにいる学生となんら変わりのない格好をしているアスカが険しい表情をして銃を構えている様子を、軍人たちは奇異な目で見つめていた。 アスカの乗る装甲車は、車列の先頭を走ることになった。 その後ろにさらにもう一台装甲車が続き、次を藤堂やボディーガードの乗ったリムジンが二台、走ることになっている。後ろを守るために、さらに二台、合計四台の装甲車に守られての走行だ。 基地を出てからしばらく行くと、アンティオの市街地に入った。 沿道の脇に、他国から訪れた高級官僚を見ようと集まった民衆が、現地の警察官に押し戻されつつ何やら騒いでいる。 「セルムは出て行け!」 「トゥーリアの地を汚すな!!」 そんな野次が聞こえたとたん、アスカはこれまで以上に注意を配り始めた。 憤慨した市民たちが、藤堂に危害を加えでもしたならば一大事だ。 トゥーリア国内では、外国の軍をいまだに駐留させることに対する疑問の声が投げかけられ続けている。 いや、疑問の声どころか、駐留反対の意思を露骨に表す行動もトゥーリア各地で見られる。 つまり、軍に対する攻撃である。 トゥーリアに駐留しているのはセルム公国だけではないから、セルムだけが責められるいわれはないのだが、トゥーリアにいる軍人のおよそ半数がセルム人であるから、槍玉に挙げられるのも仕方ない面があるのだ。 が、アスカにとってはあまり関係のない事実である。 アスカたちの乗る装甲車はアンティオの市街地の景色を縫いつつ、どんどんと西部へと向かっていく。 風を切って進んでいると、うだるような暑さも少し和らぐ。この町のすぐそばには大河が流れているらしいから、そのせいなのかもしれない。 アスカの集中力はいや増した。 そのとき、建物が立ち並ぶ市街の狭い路地から、人々を蹴散らして道路に出て来た者がいた。 それが丸腰の人間だったなら、アスカも見物人が何かのはずみで道にはじき出されたのだろうと思っただろう。 が、その人間――体格からして男――は、サングラスをかけバイクにまたがり、右腕にはなんとロケットランチャーらしきものを持っていた。 「!」 アスカは考えるよりも早く後ろ飛びに飛んだ。 その瞬間、ロケットランチャーの弾を食らいアスカの乗っていた装甲車から火柱が上がる。 アスカは後続の装甲車の上を抜け、藤堂とユキヒロが乗っていたリムジンの上へ着地した。 突如目の前で起こった信じがたい出来事と、天井に何かが落ちてきたような音で、ユキヒロたちは二重に驚かされる。 先頭の装甲車はロケットランチャーの弾の直撃を受け、ごうごうと唸るような音を立てながら燃えている。乗っていた軍人たちが業火に焦がされていく様は、さながら地獄絵図。 後続の装甲車は弾の直撃は免れたものの、燃え盛る装甲車に追突してしまい、こちらも火が燃え移ってしまった。 市民たちは我先に逃げ出そうとしている。もはやパニック状態だ。 この非常事態にあっても、さすがにセルム軍は冷静だった。二台やられても残りの二台があるとばかりに燃えている前二台の脇をすり抜け、リムジンの運転手に後についてくるよう指示した。 どうやら残りの二台でカークダッドの宮殿まで急行するようだ。ここまで来てしまったら、基地まで戻るよりも王都・カークダッドまで行ったほうが早い。 そしてもちろん、アスカも冷静だった。 が、次の瞬間彼女がとった行動は、一般人からすれば正気を失った者のそれであった。 「!? アスカさん!?」 ユキヒロは、自分たちが乗っているリムジンの上からアスカが飛び降り、バイクで逃げていく犯人を追い始めたのを見てぎょっとした。 アスカはあっという間に彼の視界から消えた。 「む、無謀だ…」 ユキヒロは一人つぶやいた。が、アスカは無謀などとは露ほども思っていない。 ガーディアン・ソルジャー。 守護者と戦士。 一見矛盾するかのようであるが、アスカの中でその肩書きは、見事なまでの整合性を誇って彼女の行動の機軸となっている。 すなわち、“主人(マスター)”を守り、そして敵を倒す者、と。 つづく ネット小説ランキング、人気ブログランキングに参加しました。 こいつなかなかやるじゃねえか、とか少しでも思っていただけましたらば、クリックしてやってください(^_^) ↓ ネット小説ランキング>異世界FTシリアス部門>「楽園(エデン)に吼える豹」に投票 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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