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2006年10月05日
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カテゴリ:楽園に吼える豹
瞼を閉じていても容赦なく侵入してくる光に、アスカは眉根を寄せた。
何だかまだ眠い。

朝に弱いわけでもないのに、なぜか体が酷く重かった。
光を避けるようにして寝返りを打つ。

体を動かすと、皮膚に妙な感触が走った。ざらざらしたものが体にくっつく。
不思議に思いうっすらと目を開ける。



―――砂だ。



その時初めて、アスカは己を取り巻く事態の異常さに気付いた。
勢いよく起き上がる。

自分の部屋で意識を失った後の記憶がない。自分はあれからずっと眠っていたのだろうか。

「じょ、冗談だろ……?」

周りは砂漠だった。

一歩踏み出すたびに、柔らかな熱砂に足を取られそうになる。これは夢か。
見渡す限り、砂、砂、砂。
後は何もない。

ここはどこだ。

「何でこんなとこに……」

そもそも、自室で眠りこけてから一体何時間経っているのだ。
あれはまだ夕方だったはずだ。
だが今はもう夜が明けようとしている。少なくとも半日以上は経過しているのだ。

まだかすかに朦朧とする意識の藪を掻き分けるようにして、意識を失う前の出来事を手探りで辿っていく。


(藤堂が虎に襲われかけた。そんで、ここは危険だってんで、帰国することに決まって……フィーラが淹れた紅茶を飲んで、自分の部屋に戻って……そんで意識が……)

紅茶。



「ああぁあぁ~~~!!!」



あの紅茶だ。
あれにおそらく睡眠薬が仕込まれていたのだ。

カップを手渡したのはフィーラ自身。
あらかじめカップに薬を仕込んでおけば、容易に標的に睡眠薬入りの紅茶を飲ませることができる。

「あの女ァ……!」

ということは、彼女もアル=ラシードの手下なのだ。

そして意識を失ったアスカを、このだだっ広い砂漠に置き去りに……
再度周囲を見渡して、アスカは呆然とした。

が、すぐに気を持ち直す。

じっとしていたところで何も状況は変わらない。とりあえず生きなければ。
助けが来る確率はゼロに近い。なら、歩かなければ死ぬだけだ。

アスカはまだフラフラする体に鞭打って、一歩を踏み出した。





藤堂は自室に備え付けられていた椅子に深く腰掛け、これからのことを思案している。
その様子から推察する限り、部下一人が行方不明になっても、表面上は何ら慌てているようには見えなかった。

ユキヒロは不安げに藤堂を見たり、部屋の外に視線を投げかけたりと、落ち着かない。
一晩中探したが、アスカは王宮のどこにもいなかった。
今も捜索は続いている。

「アスカさんは……ご無事でしょうか」

たまらずユキヒロが声をあげた。

彼はそれほどよく喋る男ではない。
けれどこの状況では、沈黙は拷問に等しかった。

藤堂は少しだけユキヒロに視線を移したが、また他の方向を向いてしまった。


「―――わからない」


それはそうだ。
ユキヒロはアスカの無事を確信するかのような藤堂の言葉を期待していたと思われるが、あいにく藤堂は不確実なことを口にするような人間ではない。

アスカが消えてもう半日以上経っている。

夜中にもかかわらず、大統領がまた陳謝に訪れたり、緊急事態を聞きつけて倒れてしまった年老いた父の代わりにアスカの捜索の責任者となったマルス殿下の報告を聞いたり、
呼び寄せた駐留軍の部隊を指揮する以外は、待つことしかするべきことはなかった。

時計の針は刻々と時を刻んでいく。




じりじりと太陽光線がアスカの皮膚を焼いていく。
灼熱を発するあの発光体は、まるで滅びの神のようだ。

暑い。

まだいくらも歩いていないのに、体が重い。足が上がらない。
睡眠不足の上に、薬を飲まされたからだろう。
アスカは思わず舌打ちした。

絡みつく熱砂は底なし沼のように、隙を見てアスカの足を取ろうとする。
何度も転びそうになった。

焼け付くような光を遮るものは何もない。
体から水分がどんどん蒸発していくのが分かった。
自分は今どこにいるのだろう。

(マジ、やべぇかも……)

あの場に留まっていたほうがよかっただろうか。
そんな考えがふっとよぎったとき、笑いがこみ上げてきた。

平時のアスカなら、一度決めたことを後でうじうじ後悔したりなどしない。
―――弱っている証拠だ。そう思った。


「!」


とうとう砂に足元をすくわれる。熱を帯びた砂漠に、アスカは倒れた。

体が動かない。
目が霞む。

視界の霞を振り払うように、ゆっくりとではあるけれど、瞬きをしてみる。
目を閉じたとき、アル=ラシードの不敵な顔が浮かんだ。

(ちっくしょ……負けたくねぇ……)

最後の最後まであきらめたくない。

だが、
周りは人っ子一人いない、この世の地獄である。

(こんな状況じゃ、もうあいつを呪うくらいしかできることなんかねぇじゃんか……)

だが、やはり生きて。
生きてアル=ラシードを逮捕し、


(―――藤堂を守らないと―――)


その時視界の端で、何かが動いた。車か?
だが、疲労は容赦なくアスカの意識を彼岸へ連れ去ろうとする。

意識がブラックアウトするその刹那、アスカは自分の名前を呼ばれたような気がした。









つづく


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最終更新日  2006年10月05日 10時29分37秒
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