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カテゴリ:楽園に吼える豹
蛇口から出る水音が、夜の静寂を破る。
指先に触れた水が思ったよりも冷たく、藤堂は一瞬手を引っ込めた。 湯を出そうか迷ったが、何となく面倒くさくてやめた。 結局水で顔を洗う。 冬が近づいているのだから当然だが、日に日に水が冷たくなっているような気がした。 天井にある電球の一つが切れてしまったため、周囲は薄暗い。 水で濡れた自分の顔が、ふと鏡に映る。 水滴が頬を伝い、顎からぽたぽたと零れ落ちる。 シンクに落下する水滴は、蛇口から勢いよく放たれている水の流れに巻き込まれ、あっという間に見えなくなった。 ザー、という水音が、藤堂の鼓膜を打つ。 ぼんやりと自分の顔を見ていると、急に鏡に映る自分の両目が金色に光り、真っ黒だったはずの頭髪が銀色に変わり始めた。 「!?」 慌てて目を逸らし、幻覚を払いのけるように目をこする。 落ち着け。自分に言い聞かせる。 ルビア共和国にいたときのように、幻覚を見た混乱に任せて鏡を叩き割るような愚行は二度としたくなかった。 跳ねる心臓を無理やり押さえつけ、恐る恐る顔を上げ、鏡の中の自分と再び対峙する。 そこにいたのは、母親譲りの漆黒の髪と、黒い瞳をした男だった。見慣れた自分の―――シン・藤堂の顔だ。 「…………」 落ち着きを取り戻した藤堂は、蛇口をひねって出しっぱなしだった水を止めた。 自分の顔は、日に日に両親を惨殺した男―――“豹(パンサー)”のキメラに似てくる。 成長するにつれそのことに気付いたとき、藤堂は二重に打ちのめされた。 両親を失った上に、その仇と自分が瓜二つであるとは―――運命の皮肉を呪わざるを得ない。 脳裏に焼きついたその男の顔は、夜ごと悪夢となって藤堂を苛む。 両親を救えなかった自責の念から、犯人の顔を無意識に自分の顔とすり替えているのではないかと思ったこともあったが、それはありえないことだ。 犯人の顔は藤堂と似ているが、目や髪の色は全く違う。 そんな中途半端なすり替えはありえない。 あれは実在する人間なのだ。藤堂が作り出した幻覚などではない。 両親は間違いなく、藤堂とそっくりな顔かたちをした、金色の瞳と銀髪を持つ男に殺されたのだ。 あまりに自分があの銀髪のキメラに似ているものだから、本当は両親を殺したのは自分ではないかと錯覚するほどだった。 (…錯覚? いや違う。両親を殺したのは…私だ。彼らが死んだのは、私のせいだ) 藤堂は、両親を殺したキメラがなぜ自分に似ているのか、その理由も薄々感づいていた。 そして、なぜ自分たちが狙われたのかも。 だからこそ、歩みを止めることはできなかった。 死んだ両親のためにできることは、もう復讐しか残っていない。 たとえ自己満足と罵られようと、両親の仇がのうのうと生きていることには我慢がならなかった。 「お前“たち”は必ず私が殺す―――必ずな」 鏡に映った自分の目には、忘れかけていた復讐心の焔(ほむら)が再び宿っていた。 つづく 人気ブログランキングに参加しました。 よろしければクリックお願いします♪(*^▽^*) ↓ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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