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カテゴリ:楽園に吼える豹
凶事が冬枯れの風に乗ってやってきたのは、藤堂とキリサキの面会からちょうど三日後のことだった。
その時アスカは仕事を終え、自宅マンションで一人、ベッドに寝転んで考え事をしていた。 藤堂は、当然ながらアスカにキリサキと面会したことなど露ほども仄めかすことなく日々の仕事をこなしている。 アスカとキリサキの関係は調べればすぐに分かることだが、キリサキもアスカもあえて自分から兄妹同士だと打ち明けることなどないから、藤堂はきっと何も知らないのだろうとアスカは思っていた。 カナメ・キリサキ。 アスカとはひとまわり年の違う兄。 もう十年口をきいていない。 彼は妹のことを蛇蝎(だかつ)のごとく嫌っている。 そもそも彼の妹として生を受けたこと自体、奇跡に近いのではないかとアスカは思っている。 アスカが生まれた時、両親の仲は既に冷え始めていたらしい。 父親は外に愛人を作り、家に帰ってこない日が増えた。 それでもアスカがいわゆる「普通の子」であったなら、それ以上家庭に波風が立つこともなかったかもしれない。 だが天はそれを許さなかった。 アスカはSクラスGSに選抜され、常人とは異なる力を持つに至った。 人の噂から漏れ聞いたところによると、それにより清里家の崩壊は決定的になったらしい。 父親はますます家に寄り付かなくなり、母親は恐怖を押し隠して子供に接するようになる。 そして兄は、離婚されないまでも父に見捨てられたも同然の母親を更に苦しめる妹に、憎悪を抱き始めた。 それでも兄から「お前のせいで母さんが苦しんでる」とは言われたことがない。 母親からそう言われるまで、アスカは母に疎まれていることに気付かなかったのだから。 きっと母が口止めしていたのだろう。 あの人も哀しい人だ―――自分を見捨てた母親には今でも複雑な感情を抱いているアスカだが、前よりは気持ちの整理がついたためか、憎悪よりも同情が先に来る。 (けど、兄貴は絶対にあたしを許さない) 客観的にみれば、妻を捨てた父親よりも、家族の崩壊を決定づけた妹のほうが憎いというのは、怒りの矛先の向け方が理不尽だといえるだろう。 だがアスカはその理不尽な憎悪のわけを知っていた。だから断言できる。 彼がアスカを好きになる日は来ないと。 それよりも問題は、これから先キリサキが自分にどんな手を打ってくるかということだ。 キリサキが出世し高級官僚になることがあれば、おそらくGS制度は廃止される。 それだけならまだいいが、キリサキはそこから更に踏み込んだ一手を講じてくる可能性もある。 それがどんなものなのかはまだわからないが……下手をすればアスカだけでなく、レオンを始め彼女と親しい人間にも波紋が広がる恐れがあるのだ。 キリサキは無論アスカに対して容赦はしまいが、彼女を庇う人間も同様に陥れようとするだろうから。 (それは…さすがに許せない) 自分一人を嫌うならともかく、レオンたちにまで手出しをするのは絶対に許せない。 彼らは無関係なのだ。 だが事が起こってからキリサキに抗議したところで、聞き入れられるとは思えない。 アスカはベッドから起き上がり、横の机の引き出しを開けた。 滅多に机に向かうことなどないから、新品同様だ。 引き出しの中もほとんど何も入っていないので、目的の物はすぐ見つかった。 透明のケースに入れられたDVD。 「いざって時には、こいつを使うしかないのかな………」 気が進まないけど、という本音が声色にも表れていた。 その時。 携帯電話がけたたましい音で鳴り出した。 けたたましい、と感じたのは単に部屋の中がほぼ無音に近い状態だったからなのかもしれないが。 「…はい」 『アスカか!?』 耳元に届いてきたのはレオンの声だった。 いつも飄々としてマイペースな彼にしては、切羽詰ったような声である。 「どうかしたのか?」 『…ちょっとまずいことになった。テレビつけてみろ』 言われるがままに、テレビのスイッチを入れる。 ヴン、と音がして、画面にちょうど真剣なアナウンサーの顔が映った。 もともと今の時間帯はどこもニュース番組を放送している。 そのアナウンサーが伝えるニュースを聞いて、アスカはレオンの焦燥の原因をはっきりと理解した。 『本日午後九時ごろ、エリック・フィッシャーズ外務大臣が、自宅に押し入ったBクラスGSのドン・ブレット容疑者に射殺されました。 調べに対しブレット容疑者は“なぜ銃を撃ってしまったのかわからない”と供述するなど軽度の錯乱状態にあり、捜査本部では容疑者が落ち着くのを待って本格的な取調べを行う方針です。 なお、ブレット容疑者逮捕の際、暴行を受けた警察官が二名、肋骨等を折る重傷を―――』 つづく 人気ブログランキングに参加しました。 よろしければクリックお願いします♪(*^▽^*) ↓ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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