|
カテゴリ:小説 将棋指し、座頭の飛吉
~将棋指し、座頭の飛吉~5 将棋狂、捨て駒の角蔵 ![]() ~吹けば飛ぶよな 将棋の駒に 賭けた命を 笑わば笑え~ 本所深川の賭け将棋では、1000勝負けなしという強者がいた。 鬼熊一家の客人で、捨て駒の角蔵だ。 鬼熊の百蔵は本所、深川で賭場を開いているやくざの元締めで、 さいころ賭博だけではなく、将棋賭博にも手を染めていたのだった。 我こそはという将棋自慢が賭場に来ては将棋勝負を挑んでくる。 さいころ賭博の横の部屋では一局一両の賭け将棋が連日行われていたのだ。 客人には、大店の番頭や主、噂を聞いた寺の坊主、将棋自慢の旗本、隠居爺さんに 深川芸者までいたという。お江戸の将棋好きの多いこと。 捨駒の角蔵は一気に勝負を決めない、あわや、自分の玉が詰みそうになり、 対手がよし勝った!と思ったところへ搦め手の奇手、どんでん返しの鬼手、めからうろこの搦め手を繰り出して、投了に追い込むのであった。 客は熱くなって~もう一番!~とくる。嵌め手に気づかせねところが付け目であった。 ~三両なら受けますが、~ 客にあの一手を打てていればば勝てたと期待を持たせては、銭を捲き上げるのだった。 捨て駒の角蔵は将棋を楽しんでいるだけで、いかさまをしているわけではなかった。 捨駒の角蔵は将棋好きで、酒好きで、女好きであった。 だらしのない古びた着流しの着物を着て賭場に入るや火鉢の横に腰を下ろして 酒を飲みはじめ、対局者が現れるのを待っていた。 暗い方へ暗い方へ自分を引き摺っていく性情で、黴の生えたような湿っぽい男であった。 無口で陰気な男だが、将棋だけは強かったのである。 賭け将棋に勝ち、熊五郎から仕事料を懐にしまうと、 その日のうちに使い切らなくてはいけない銭なのだという強迫観念に囚われ、 本所回向院裏の岡場所のお豊のところへ転がりこみ、また酒を飲むのだった。 人生を投げたような生き方をしていた。 だが、捨駒の角蔵が将棋盤の前に座るや、一帯の空気はピンと張りつめ、 角蔵は眼光鋭く将棋の駒を睨みつける。その迫力は傍から見ても恐ろしい気迫だったという。 握った駒からは煙が出そうなほど熱くなり、角や飛車は字面が指で擦れて凹んでいたという。 捨駒の角蔵が賭け将棋で敵なしという噂は江戸中にも届いていたが、 やくざの鬼熊の百蔵の帷の中にいるので、 将棋番付表に載っているような、名のある将棋指しは腰が引け対局を申し出る者は少なった。 それが、捨駒の角蔵には面白くなかった。 強い奴、骨のある将棋師と指したかったのだ。 鬼熊の百蔵の賭場で、捨て駒の角蔵に幾度も賭け将棋を挑んでは負け、ついに、店を畳む羽目になった 日本橋の小間物問屋の治平は岡っ引き権六に、賭け将棋の絡繰りを散々ぼやいてから江戸から風を食らって逃げ出した。 残されたかみさんと娘は鬼熊の借金が返せずに奉公に売られた。 ~放っちゃおけねえな~ 北町奉行臨時見回り同心日下部栄五郎と岡っ引き権六は 両国橋を渡り、本所回向院の裏手にある、岡場所よしやの門を潜った。 「邪魔するよ、おかみさんかね?なに、遊女の取り締まりじゃねえんだ、 客の捨駒の角蔵を呼んでくれ、」 日下部栄五郎は賭場で賭け将棋をしたかどで、捨駒の角蔵を番所に引っ張って、 賭け将棋のあらましを白状させた。 「お役人、あっしはね、ただ言われた通り将棋を指してるだけでござんすよ、 相手が勝負を挑んできて負けただけでございますよ、はなっから、掛け金も納得づくで、無理やり銭を捲き上げるなんてことありません、、」 「捨駒の角蔵、賭け将棋はご法度なのは承知してるだろうな、 奉行所からお調べの呼び出しがあるまでおとなしく待ってろ、 その間、賭け将棋をしやがったら、ふんじばって遠島にでもしてやるから覚悟しとけ!」 将棋ができなくなった捨駒の角蔵、がっくり意気消沈。 ~ちきしょうめ、俺から将棋を奪われちゃ、何にも残っちゃいねえや、 蝉の抜け殻みてえなもんだ~ ぶつぶつ言いながら、また岡場所よしやのお豊の部屋へいき、やけ酒を飲みだしていた。
つづく 朽木一空 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023年09月29日 10時30分07秒
コメント(0) | コメントを書く
[小説 将棋指し、座頭の飛吉] カテゴリの最新記事
|