1179444 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

カテゴリ

サイド自由欄


2018.12.02
XML
テーマ:韓国!(16976)
カテゴリ:韓国補足
​​​[ギムヒョンウォンのごとく話]㊽51年長寿怪盗漫画・アニメ「ルパン三世」​​
金亨源(キム·ヒョンウォン)記者
入力 18.12.01 06:00

漫画家モンキーパンチ原作のコメディーアクションマンガ"ルパン3世"は1967年から今まで50年以上シリーズの命脈が維持されている長寿人気作だ。

"ルパン3世"イラスト

ルパン3世の始まりは1967年,今は姿を消した漫画雑誌"マンガアクション"から始まった。 漫画家モンキーパンチ(加藤一彦)はギャグ作品性向を備えた現在のルパン3世とは違い,結末を予測しにくいストーリーと男性くさいハードボイルド性向の絵,性的描写などが強い作品だ。

1967年のルパン3世の漫画,イラスト

計69本まで連載された最初のルパン3世の漫画は,連載開始から2年後の1969年に幕を閉じた。 漫画家のモンキーパンチは最初のルパン3世の制作に大きな影響を与えた人物で,米国の漫画が"モット·ドラッカー(Mort Drucker)"と指摘した。 ドラッカーは米国社会を風刺する漫画家で有名だ。

ルパン3世の2作目の漫画作品は1971年,テレビアニメーションの放映に合わせて連載された'ルパン3世新冒険'だ。 この漫画は最初の漫画の最終編である95話内容の3年後の時点から話が進められる。 また,アニメーションに合わせて以前の"ルパン3世"と違って,絵体が柔らかくなり,コメディー要素を積極的に取り入れたのが特徴だ。

"30~40世代"が持つルパン3世に対するイメージは,1970年代に登場したアニメーションと2番目の漫画作品から生まれたと言っても過言ではない。

漫画'ルパン3世'はその後1977年'新ルパン3世',1984年'セクシ·ルパン·サード',1985年'新ルパン3世女だけの刑務所',1994年'ルパン3世アリス·プラウド'などの作品につながった。

◇ルパン3世の命脈を保っているテレビアニメ

現在,ルパン3世の物語を作り続けるのは,マンガではなく'アニメ'だ。 ルパン3世のアニメーション作品は1971年から18年まで5つのシーズンに分かれて放映された"テレビシリーズ"とビデオテープとレーザーディスク(LD)に収められて販売された"オリジナルビデオアニメーション(OVA)",劇場上映のための長編アニメーションシリーズなどに分けられる。

ルパン3世の最初のテレビアニメーションの中のルパンジャケットの色は青緑色だ。 ●ヤフー·ジャパン

ルパン3世のアニメーションの始まりは1969年,映画制作会社"トーホー"が作った"パイロットフィルム"から始まる。 東邦はアニメーション製作のために2つの脚本を準備したが,実際使われず資料だけで残った。

初のテレビアニメは1971年から始まる。 しかし,作品の内容が子どもではなく成人をターゲットに製作されたため,1970年代当時のアニメーション消費層である子どもの関心を引けなかった。

◆ルパン3世を世界的に広く知らせた作品は,1977年に放送された2度目のシーズンだ。 "ルパン3世"シーズン2は現在,大衆の頭の中に刻まれている"ルパン3世"キャラクターのイメージを確固たるものにした作品であると同時に,現在まで"ルパン3世"が存在させる土台を作った作品という評価を受けている。

ルパン3世テレビシリーズは1984年"ルパン3世パート3",2012年スピンオフ(外電)作品の"ルパン·ザ·サード·ミネ·フジコ"という女子,2015年ルパン3世シーズン4,18年"ルパン3世パート5"につながる。

2018年基準で47年間にわたりテレビアニメシリーズを維持しているルパン3世は,日本の最長寿テレビアニメシリーズ"サザエさん"に続き,2番目の最長寿テレビアニメーションとして記録されている。

◇巨匠宮崎監督の最初の長編アニメ'ルパン3世カリオストロの城'

"ルパン3世"の話から欠かせないのが,ほかならぬ映画館のアニメーション作品だ。 特に1979年に上映された2回目の劇場版"ルパン3世カリオストロの城"は,今も全世界のアニメーションマニアたちの間で"名作"という評価を受けている。


"ルパン3世"カリオストロの城ポスター。 ●ヤフー·ジャパン

"風の丘ナウシカ""天空の城ラピュタ""隣人のトトロ"などを作った日本アニメーション"巨匠"宮崎駿の最初の長編映画は1979年作'ルパン3世カリオストロの城'だった。

宮崎監督の"カリオストロの城"は,当時の興行成績では前作に及ばない6億1000万円(61億ウォン)にとどまったが,テレビシリーズの成功と繰り返される上映会を通じて,人気と大衆の評価をさらに高めた。

"ルパン3世カリオストロ"の姓は,宮崎監督の演出やユニークな絵"レイアウト"の表現方法などが盛り込まれている。 日本のアニメ業界では,この作品がアニメ製作の現場に大きな影響を与えたと評価する。


ルパン3世カリオストロの城の画面の一部。

宮崎監督は元々,ルパン3世の3番目の劇場版も作る予定だった。 しかし体力限界で当時一緒に働いた"押井守"を監督に推薦した。 押井監督は'攻殻機動隊'の製作者で有名になったアニメ制作者だ。
押井監督は"ルパンは存在しなかった"という結末をテーマにやや重い内容を盛り込もうとしたが,制作会社の読売テレビと土号は"ルパンは娯楽作品でなければならない"と要求した。 押井監督は製作会社の要求を拒否し,結局,押井監督版の"ルパン"はたった1枚も描けずに消えた。 東邦は劇場版ルパン3世のために集まった制作陣を中心に3番目の劇場版"ルパン3世バビロンの黄金伝説"を作った。

押井監督は,ルパン3世の製作に使用しようとした実際同じ建築物と詳細な都市環境を美術で表現する手法をルパン3世ではなく,劇場版"共覚機動隊"と"機動警察パトレイバー"に入れた。


出所: http://it.chosun.com/site/data/html_dir/2018/11/30/2018113002299.html​





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2018.12.02 10:52:10
コメント(0) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.