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立て続けにこれの特集が組まれていて、事態は深刻になってきたのか…?
それともテレビ局の興味本意か面白感覚なんだろう。 そのくらいは勘繰るべきである。 もう、偽装やらせ社会なのだ。 ネタに尽きているのだから、どんなものでも一度流行りの兆しがあろうものなら、直ぐにでも食い付いていく。 そして自作自演宜しく煽情的に巻き起こすのである。 しかしながら、ネットカフェがあればこそ、余計に難民達がそこに集い、漫ろに劣ってきてしまう。 磁石の要をしているのだ。 赤ちゃんポストもそうである。 あれで幼い命が救われると言うが、何度も言って来たが、あれはシステムの潤滑を促すものである。 それが無かった時代は子捨ては罪に問われた。 つまり保護者の責任も同時に問われていたのである。 却って、あれがあることによって後ろ目たさを(多少なりとも)軽減させてしまう役割を引き受けたのである。 これは交通事故で両者とも第三者たる保険屋等を仲に入れさせ、事を穏便に進めさせ、双方供にともに納得させるシステムと同じである。 これはいくらなんでもまずい。 本当は全て「自己責任」で片付けねばならんのに人に頼ることはおかしな話なのである。 ネットカフェ難民も同じである。 複雑化したシステム社会に於いて自分独りで解決することは困難な時代でもある。 携帯やパソコンを端緒として情報の取捨選択をしているようじゃ、意図ありきの発信者によって好いように扱き使われてしまうのが落ちである。 ああいう仮住まい的な施設があると、再生産してしまうのである。 難民達も何処かでしがみついているプライドが有るようだから、生活意識(または消費)水準を下げないで来た結果なんだろう。 つまり苟(かりそめ)だがそこで住まいの呈をなしていれば、実の住まいを捨ててしまえることなんだろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.06.25 07:21:47
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