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今回は、川上未映子の事を取り上げていた。
ミュージシャンでありながら、昨年の芥川賞で『乳と卵』を受賞した人だ。 まだ32歳だという。 芥川賞に関しては、これ一発キャラで終わっちまうんじゃないかと最近は思う。 賞を取って注目されました、後は知らん。 そんなのが多過ぎるな。 外人、子供、ミュージシャンと、イロモノが多いな。 とは言っても、他に誰かいるかと思いきや、いないから彼等が選ばれるのであって、何も彼等の作品が下劣という訳ではないだろう。 それでも現実的には後に続かないなあ。 前に言ったかも知れんが、こうした文学の世界ではプロ新人と言うのが少なからず居て、事有る毎に雑誌出版社の賞を毎回獲得しているのだそうな。 漫画文化が退き気味だから活字文化が再び甦ったか? しかし、当たればデカイ活字世界だが、開きが有り過ぎる。 いつも西村京太郎か東野圭吾だ。 後は自称作家のニートがウィキや2ちゃんやアマゾンを渉猟しながら悪口書きつつ独り踊っているだけだ。 ある意味格差が拡がりつつ…ある、と言っても、本来篩に掛けられべき人間が篩の網目が細か過ぎて落とされずに大量に残ってしまっているのが現状。 賞を取る彼等は当然と言えば至極当たり前なのだ。 寧ろ篩が有り過ぎてどうしても残ってしまうのだろうけど。 さて、その川上未映子の事がやってたけど、80年代を少女の内に過ごしているのだと思うのだが、家はそれ程裕福ではなかったそうな。 湯川れい子とは大違いだな。 湯川れい子は戦前だが良家であって、習い事もあり、躾も、教育も行き届いていたようだ。 戦後傾きはしたものの、幼少よりの教育によって、現代の地位を築いている。 未映子は、父が定職に就かず母がパートに出掛けたりと、親との接点が余りなく、お婆ちゃん子だった。 長い休み(夏休み)を利用して母方の祖母の方へ泊まってたりしていた。 いろんなエピソードがあるのだが、中々面白い。 どうやら感受性の高い子だったようで、人形を起こしたり倒したり動かしたりで生死を確認していたようだ。 祖父が死んでから祖母の事がいとおしくなり、近くのお堂でお百度参りをしつつ会える事守ってやる事を願っていたそうな。 丁度父の仕事の事で家を母子共に出て行かざるを得なくなったのだ。 未映子にとって父は目の上のたんこぶで、見えないながらも付き纏う不安そのものだったようだ。 これを観て、なんだか感覚の世界、霊的な世界観だなと思った。 この様な感覚が後の実りとなったのだろう。 NHKのこの番組は著名な人物の幼少期を取り上げ、彼等の転換期とも言えるべき物語を構成している。 子供の頃のショックが大きいと後の人生に影響与えるんだな。 ジローラモは父とガールフレンドの死だ。 湯川れい子も張本勲も戦争の所だ。 養老孟司は父の死だ。 さいとうたかをは…何だったっけ? さいとうたかをも戦争だろうが、墨塗りの際に落書きしていいかという発想かな? 中川家は母の入退院だろうか? 人生を変える、転換期がある。 自分にはそんなのあるのだろうか? 子供の頃…あんまり思い当たる節が無い。 半ば引き込もっていると関わりも疎遠となる。 進学する度に学校が替わった事か? それも無いな。 幼少の頃頭を打ち付けた事か? 多分それもない。 同時に擦り剥いた右腿上部、鼠蹊部の傷痕があるだけだが、これも自慢にならない。 遠出をしたとか、これも意味が無い。 別に人に告白したとか、そんなのも無いし。 アレな事も…て、これ自体も人生が変わる訳でも無し。 未映子もインタビューで答えているが、死ぬ事は必ず訪れる物だと。 何故死ぬと分かってて生まれて来るのか。 母、じゃないな、祖母曰く。 死ぬ迄にいろんな事積み重ねる為に生まれて来るのだと。 こんな事言ってたっけ? 自分にとっての転換期なんて、博物館を見に行く程度だろうか? 転換期って自分にとっての事だから、本人がどう感じ取れるかだな。 その転換期を活かし切れない人が普通の人になるか、転換期を逃した人がそれを悔いて堕ちて行くのだろうか? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.10.13 04:37:23
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