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カテゴリ:極私的映画史
未成年者の犯罪の報道があるたびに、彼らの動機について、まるでそれが理解しがたいものであるかのように語られる。しかし、本当にそれは理解できないものなのだろうか。ふり返れば、誰もが思春期の自分が制御できない怒りや衝動に苦しむ時期があったのではないか。 そんな思いをスクリーンで確認させてくれたのが、2007年に見た「14歳」だった。監督・末廣哲万と脚本・高橋泉によるユニット「群青いろ」の劇場映画デビュー作。かつて14歳だった大人たちと、今現在14歳を生きる少年たちの「リアルな14歳」を描いた作品だ。見る者に「自分の14歳だったころ」を思い出させる息苦しい作品である。 高橋泉は「14歳だった自分の感情を探すこと」から脚本をスタートさせたいう。だが、脚本を完成させる過程において「自分が14歳だったころの感触がないこと」に気づく。そして、今の14歳を見ていら立つ自分の姿から「14歳の気持ちさえ忘れた自分を描けばいい」という結論に達する。 その気づきと方向転換が、この映画をずっと深いところへと到達させたのだろう。「14歳の痛みを懐かしむ映画」でもなければ「今時の14歳についてわかったふりをする映画」でもない。かつて14歳だった大人が、もう一度14歳のころの息苦しい毎日を追体験する映画。そんな作品に仕上がっている。すでに人生をふり返る年齢に達していた僕は、キリキリとした痛みを感じながら自分の14歳のころを思い出していた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2019.02.17 13:35:49
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