ウィリアムは喜んでいた。
フランス系の母親を持つ彼は綺麗な金髪に、青い瞳が印象的な青年だ。まだ幼さを残した表情が最高に緩んでいる。
「ころし~ころし~!」
昔から素行が悪く、顔に似合わず極悪人。
むかついたクラスメイトをサッカーボールのように蹴り転がし、危うく殺してしまいかけたり。
付き合ってとしつこい女を浮浪者に襲わせたり。
フランスパンの硬さを実験すると、焼きたて、1週間放置したもの、1ヶ月放置したものをリュックに詰め込み、街角で人を殴ってためしたり。
又あるときは、金を返さない男をエッフェル塔からバンジーさせたりした。
まぁ、極悪人というよりは、極めて愉快犯というべきか。
悪戯小僧のまま成長したと言うべきか。
その性格故に、殺し合いの中に放り込まれても浮かれていられる異常な精神の持ち主である。
「みんなとはぐれちまったけど、ころし~」
スキップで8階の廊下を駆けていく。
両手にはリボルバー式の拳銃、腰には代えの弾薬が目一杯用意されている。
誰が見ようと、クレイジーだ。
そんなクレイジー野郎フィリップは、突き当たりに清掃員が使っているカートを見つけた。中には各部屋の清掃で集めたゴミが沢山詰め込まれている。
ここでクレイジー野郎は閃いた。
蹴り飛ばしてゴミをまき散らしてやろう。
そうしてやろうと。
そして、盛大に蹴り飛ばした。
だが、予想に反してゴミをまき散らすことなく、カートは突き当たりの階段に滑り落ちていき、8階からくだり始めた。これだけでも、とんでもないことになりそうだが、クレイジー野郎は納得いかない。
「ちぇっ! 失敗。失敗」
満足行かない様子で辺りを見回すと、反対側の階段側に同じくゴミのカートがあるのを見つけた。欲求を満たすには十分なアイテムである。
クレイジー野郎はスキップで駆けだした。端から端まではかなりの距離がある。通路の幅も広く、そこに全力疾走のクレイジー野郎1人というのは目立つ。
半分くらい走り抜けたところで、目標の階段近くに人が現れた。
辺りをキョロキョロと見回す、赤と青のコントラストに、白の模様の覆面マン。
それは世界でも有名で、米国では有名すぎるほどのヒーローであり、蜘蛛をモチーフにした正義の味方。
「スパイダーマン!?」
突然、拳銃を持ったスキップ男に名前を呼ばれ、明らかにビビっている。仮にスパイダーマンでなくても、拳銃を持ったスキップ男に出くわしたら逃げたくもなる。
だがクレイジー野郎にとっては、さらに面白い遊び相手を見つけたと言える。
「待って~スパイダーマン!」
スパイダーマンは迷うことなく階段を降りて逃げた。
いくら正義のヒーローと言えども、両手に拳銃を持ったクレイジー野郎に待てと言われて待つわけがない。それに待てと言われて、待つ逃亡者がいるわけがない。
目標をスパイダーマンに変えたクレイジー野郎・フィリップは階段を降りていったスパイダーマンの追跡を開始した。
このとき、先ほどまでいた反対側の階段を駆け下りていく、真っ黒なコウモリ男の姿をクレイジー野郎は知らない。