66556264 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

FINLANDIA

FINLANDIA

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

Calendar

Category

Keyword Search

▼キーワード検索

Archives

2024年06月
2024年05月
2024年04月
2024年03月
2024年02月
2024年01月
2023年12月
2023年11月
2023年10月
2023年09月

Freepage List

2016年06月03日
XML
テーマ:戦ふ日本刀(97)
カテゴリ:戦ふ日本刀
 
 血刀記録
 
 宿舎に帰ってみると、福田上等兵がすっかり室内の掃除をし、
例の粉炭で湯を沸かして待っていた。
留守の間に、あちこちから修理の軍刀を持ってきたという。
見ると、修理室と定めた台の上に、十数振の軍刀が積み重ねてあり、
一振一振に布片に隊名氏名修理箇所等を書きつけてある。
 さすがに第一線の戦闘部隊だ。
ちょっと見ただけでその損傷状態がまるでちがっている。
試みに手にした一刀、何げなしに抜いてみると、
刀身は鍔元から血糊でやや褐色がかり錆のようになっている。プンと臭い。
目釘が折れるか飛ぶかしたと見え、生木の小枝を打ち込んである。
指先でつまんで抜くと、そこから黒褐色の悪臭をもつ汁がポタリと一滴落ちた。
血の腐ったやつだ。
戦いの最中に、血が刀身をつたわって鎺〔はばき〕のすき間から柄の中に入り、
それが間隙にたまって腐ったのだ。
柄木を抜いてみると、その汁がダラダラと落ちる。
 修理は明日からする事にしてあったのであるが、
こうしたものがあるとすれば、一応洗ってでもおく必要があるので、
早速バケツに水を持ってきてもらい、中身を改めてみると、
もう一振そうした刀のあったのには驚いた。
その部分を水洗いすると、バケツの水が泥水のように濁ってしまった。
 昔は刀の拵えがやかましくて、切羽と鍔の穴を刀に合わせてピッタリと摺りあげ、
鎺の製法にも秘法のあったという事は、そうした場合の実際から来たものであろう。
さらに柄木のかき入れにも、中心尻〔なかごじり〕の先五分位、
鞘の先の塵だめと同じように空所をつくっておく事が
やっぱり一つの秘法であったのも頷ける事であり、
ある武術の秘伝書には、
『鍔と切羽との間のしまり具合毛一筋のゆるみあるがよし。其の法口傳。』
としてある。
伝聞するところによれば、鍔に接触する切羽の面に、
鼬鼠〔イタチ〕の薄い皮を糊ではりつけたものであるとあるというが、
それは武術上の手の内の具合に関係する事であり、
刀全体の組み合わせの緩衝であり、
かつその二枚の皮と刀身中心の面との密接によって、
雨水血液等の浸入を防ぐためであったろうと考えられる。
 これは今度の事変ばかりでなく、
日清日露から西南役維新戦争に溯〔さかのぼ〕ってみて、
実際乱戦中に敵とわたり合って血戦した事実は、
小説や講談にあるようにそうザラにあったものではないらしい。
ことに今度の事変などでは、いざ接戦となると敵は逃げ足となり、
一人斬って二人目に及ばんとする時は、
早二間も三間も離れているというような場合が多く、
実際十人も二十人も斬ったというような話は、
例えば敵を城壁城内際とか袋路地のような所へ追いつめ、
ひしめき合いわめき合うところを片っ端から滅多斬りにした時などで、
そうした将兵の血刀を手にし、状況を聞いてみるに、
四、五人斬ったかと思う頃、多くの場合血がぬるぬると柄に伝わってくる。
かような時に、昔の柄巻のありがたさがよくわかるもので、
ことに小倉木綿をそのままたたんで巻いたのなどは、手がすべらなくてよい。
柄糸の上をぴかぴかと漆で塗ったり、皮革で巻いたりしたものは、ぬめって困るという。
 ある中尉は、済南にいた頃、
保強のためにと、柄の上を竹刀の柄のように皮革で縫いくるめ、
さて済南攻撃の時の白兵戦で柄に血がつたわり、
手がぬめって仕方がなくて手に土をつけては持ち直したと白状し、
「やっぱり昔のままがいい。柄は丈夫一点張りだけではいかん。
理想は、同じ柄を二つ持って来ることぢゃ。」
と述懐したのなどは、とうとい体験だと思う。
 血刀記録はまだまだあるが、それは次々の条下で述べる事として一時筆を置く。
 今日の留守中に電工兵が来て、居間に一つ修理室に一つ電燈をつけてくれた。
この戦乱中に、どこに電源があるのか、それにしてもよく敵の破壊を免れたものである。
 夕食後炭火をかこんで話していると、
ほど遠からぬ西南の方角にあたって、ドカンドカンと大砲が鳴り出した。
一発鳴るごとに、ヂヂンヂヂンと地ひびきがする。
それに交じって、ダダッダダッという音がする。
三人は話をやめて耳をそばだてた。
ここでもかような時に野犬が一斉に群がって吠える。
砲弾の音はだんだんはげしくなる。
「ぢゃやはり大逆襲だな。」
 といえば、ここの戦争ではすでに経験のある福田上等兵は、
「この音だと城壁までは寄せつけまい。」
 と案外平気であるが、加古伍長の主唱で、万一のため各武装のままで寝る事とした。
 夜は明月のもとに更けた。砲声もだんだん遠のいていったようだが、
今度は西北の方角から、豆を炒るような小銃の音が聞こえてきた。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2016年07月28日 03時31分30秒



© Rakuten Group, Inc.