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カテゴリ:光明遍照
老僧は身を引き摺るようにして後ろを向くと、毘盧遮那仏の膝元にひれ伏した。
「私のような者が、どれほど御仏に祈ったとて、浄土へなど行けはしまい。そう思いながら、なおその望みを捨てきれずに、こうして必死の思いでこの毘盧遮那仏を造った。そして、その御力に縋り、僅かでも我と我が国への救いを祈ってきたつもりであったが……そなたの言う通り、この世にもあの世にも救いはないのかも知れぬ。だが、それを夢見て祈り続けずにはおれないのも、また人間ではないのか。私にはただ祈り続けることしか出来ぬ。自分の犯した罪を背負い、その重みに喘ぎながら、ただこの穢土を彷徨い続けることしか」 老僧は再び駿河麻呂の方を向くと、その目の前で数珠を持った両の手を合わせて言った。 「こんなことしか出来ぬ私を許してくれ。そなたの哀しみ、この世の民人の嘆き、全て私がこの身に背負っていこう。そして、どうかそなたら民人の苦しみが、ほんの少しでも癒されますように」 老僧の目から、涙が零れ落ちる。それを拭おうともせずに、老僧は駿河麻呂に手を合わせて俯いていた。駿河麻呂はただ黙ったまま、小さなか細い老僧の姿を見下ろしている。老僧を責める言葉は、もはや出てこなかった。老僧は長い間駿河麻呂の前に額づいていたが、やがて身を起こしてゆっくりと立ち上がると、駿河麻呂に言った。 「私とここで会ったことは、誰にも内緒にしておいておくれ。表向き私は女帝と一緒に田村第に還御したことになっているのだから。外にいる私の供の衛士に見咎められぬよう、私たちが立ち去ってから、そなたはここを出るが良い」 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年01月18日 17時14分31秒
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