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カテゴリ:光明遍照
やがて、東大寺の東側を囲んでいる三笠山の山の端から、朝の光が差し込んできた。その柔らかな光は、遠ざかっていく太上天皇の行く手を照らし、扉の蔭から覗いている駿河麻呂の頬も薄紅色に染めていく。
駿河麻呂はふいに後ろを振り返り、頭上高く聳える毘盧遮那仏の御顔を見上げた。大仏殿の第二層の窓からも曙の光は射し込み、御仏の顔も金色に輝いている。その御顔は清らかに澄み渡り、まるで浄土の夢を見ておられるかのようであった。 太上天皇の言う通りなのかも知れぬ。 駿河麻呂は思った。この世はこの大仏殿の中のように、未だ夜の闇に沈んでいる。だが、遥か彼方を仰ぎ見れば、そこには浄土の面影が確かにたゆたっているのだ。穢土の汚辱にまみれながらも、その浄土の面影に焦がれ救いを夢見ながら生きていくというのが、人間というものなのかもしれない。 駿河麻呂はいつまでも毘盧遮那仏を見上げ続けていた。次第に明るくなっていく曙の光は、毘盧遮那仏の御顔にも駿河麻呂の身体にも等しく降り注いでいる。その光明は遍くこの世を照らし、地上を覆っていた夜の暗闇もやがて穏やかで懐かしい輝きに満ちていった。どこからか、優しい朝鳥の囀りも聞こえてくる。 暗い大仏殿の堂宇の冷たさに凍えていた駿河麻呂の身体も、天から降り注ぐ柔らかな曙の光に、いつしか暖められていったようだ。 「南無毘盧遮那仏……」 駿河麻呂は小さな声で呟いた。 (了) ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年01月21日 14時28分50秒
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