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カテゴリ:山吹の井戸
角盥の中に、黒々とした水の澱みが沈んでいく。手拭いを浸すと、赤黒い血の色が白い麻布の面に浮き上がった。
少将は少し戸惑いながらその手拭いを絞ると、血の滴り落ちる妹の口元に当ててやる。妹はひきつけるように激しく咳き上げると、再び角盥の上に屈み込んで血を吐いた。 少将は苦しげに震えている妹の背を、ただ何度もさすってやることしかできない。そして、側に控えている妹の乳母へ視線を移して言った。 「僧に祈祷はさせているのか。何か、薬湯のようなものを飲ませた方が良いのでは……」 乳母はじっと少将の瞳を見つめたまま、悲しげに首を振った。もうこれ以上何をしても、三の君様は助かりますまい。乳母はそう言っているのだ。少将は途方にくれて溜め息をついた。 ようやく吐血の治まった妹を乳母に預けて、少将は汚れた角盥(つのだらい)の水を取り替えるために、妻戸を開けて東の対を出た。 ようやく春も深まって少し暖かくはなってきたが、外の風に当たるとさすがにまだひやりとする。 少将は角盥を抱えたまま、袿の裾と長い黒髪を気にしながら、ゆっくり目の前の階(きざはし)を降りた。 東の対の北にある坪庭には井戸があるのだ。 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年01月27日 16時12分18秒
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