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カテゴリ:きりぎりす
西行は前を向いたまま、堀河の老いた肩を抱き寄せた。堀河はそっと西行の方へ身を寄せて呟いた。
「人は死んだら、どこへ行くのであろうか。わたくしも、まもなくこの世を去るだろうけれど、そうしたらあの男の魂と同じようにこの世のどこかに留まるのだろうか。それとも、あの男と二人して、どこか遠い彼岸の彼方にでも旅をしていくのだろうか。極楽というところは、蓮の花が咲き乱れ、大勢の御仏が優しく迎えてくださる、それは美しいところじゃそうな」 「地獄、というところも、あるそうですよ」 西行は悪戯っぽく笑って囁いた。堀河もつられて笑いながら西行の胸を小突く真似をすると、西行は今度は真顔になって言った。 「堀河様を地獄へなどと、私がおさせしませぬよ。私はこれでも、真言密教の根本道場たる高野山で長年厳しい修行を積んだ、高徳の僧侶ですからな。私の加持祈祷の験力(げんりき)で、きっとお望み通りの美しい極楽浄土へお導きいたしましょう」 変に胸を張って真面目な顔でそういう西行に、堀河は半ば噴き出しながら、ふと歌を思いついて口ずさんだ。 この世にて かたらひおかむ ほととぎす 死出の山路の しるべともなれ (わたくしが生きているうちに頼んでおこう。わたくしが死んであの世へ行く時、死出の山路にかかったら、死人を導く「死出の田長」という別名を持つほととぎすのように、わたくしの道案内をしておくれ) 西行はにっこりと笑って歌を返した。 ほととぎす なくなくこそは 語らはめ 死出の山路に 君しかからば (ほととぎすは泣きながら御約束いたしましょう。あなたが死出の山路にかかったならば、きっと道案内をすることを) <了> (和歌出典、及び参考) *『女人和歌大系』第一巻(長澤美津編、風間書房、一九七三年) *『千載和歌集』巻第十五(久保田淳校注、岩波書店、一九八六年) *『西行山家集全注解』(渡部保著、風間書房、一九八四年) *『撰集抄』第十五「西行於高野奥造人事」(西尾光一校注、岩波書店、一九七八年) ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013年09月27日 16時26分54秒
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