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カテゴリ:羅刹
老尼はさめざめと涙を流した。
能季はまた片方の手で、宥(なだ)めるように老尼の肩を撫でた。そして、もう一方の手の指先を顎(あご)に当てて考え込んでいたが、やがて老尼が落ち着いてくると訊ねた。 「当子様が三条院のところへ引き取られてから後、道雅殿は一度も当子様に会えなかったのだろうか」 「おそらくそうでございましょう。当子様は警備の厳重な御所の奥に住まわされ、常に三条院付きの女房たちに見張られていたそうですから。ただ、道雅殿は当子様に文はお出しになっていたようです」 「よく取り次いでもらえたな」 「いえ、普通の文はすべて突き返されたでしょう。わたくしの出した文さえ取り次いでいただけなかったくらいですから。ただ、わたくしが小一条院に引き取られた後、三条院の女房の一人が文箱を一つ送って寄越したのです。その女房が言うには、道雅殿からの文は院のご命令で片端から送り返したのだそうですが、ある朝女房が当子様の部屋の前を通ると、簀子(すのこ)の匂欄(こうらん)に文が結び付けられてあったのだそうです」 「それが道雅殿の文だったのか」 「はい。まさしく道雅殿の手蹟で、歌が書きつけられてありました。もちろん、院から厳しく命じられていましたので、その文を当子様へお取次ぎすることはなかったそうでございます。でも、あまりにも切なる想いの篭(こも)った歌の素晴らしさに、その文を反故(ほご)にしてしまうことが女房にはどうしてもできなかったそうです。それで、文はこっそり自分の手文庫の中にしまっておいたのだとか。わたくしが小一条院にいると聞いて、道雅殿とは因縁浅からぬわたくしに託すのが一番良いのではないかと、送って寄越したそうでございます」 ![]() ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015年01月28日 16時40分29秒
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