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カテゴリ:羅刹
小八条第の門を出ると、すぐに鋭く誰何(すいか)する声がする。
先を騎馬で進んでいた兵藤太が、行く手を遮(さえぎ)る数人の人影に向かって叫んだ。 「こちらは小一条院の斉子女王様のお車だ。今日は方替(かたが)えでこちらに滞在されたが、急用でこれより退出される」 男たちの影は、それを聞くとすぐに物陰へ消え去った。 兵藤太はまた合図をし、車は静々と進み始める。 あれは小八条第を見張っている頼通殿の手の者だ。これからすぐに三条の師実の屋敷にいる頼通へ注進し、大宮川の辺りに他の人間が近づかないよう警備もしてくれるだろう。 牛車はゆっくりと北に向かって進んでいく。 辺りには家もまばらで、明かりはまったくない。時折冷たい風が吹いて、供の郎党が持つたった一つの松明(たいまつ)の明かりが揺れるだけだった。 空はどんよりと曇って、月も星も見えない。 あの、大宮川の怨霊と出くわした夜のように。 能季は思わず身震いし、気持ちを引き締めるように、腰につけた太刀の柄を握り締めた。 三条大路に出ると、兵藤太は俄かに東へ車の向きを変えた。 この大路をまっすぐ進めば、やがてあの怨霊が出る大宮川へぶつかる。 車の中から、くぐもった声が聞こえてきた。 「おや、嵯峨野とは方角が違うのではないのか」 兵藤太はすぐに答えた。 「老尼のおわす家は、このすぐ先にございますれば。今しばらくご辛抱くだされ」 それを聞いて安心したのか、声はそれきり聞こえなくなった。 兵藤太は牛飼い童に合図して牛を急(せ)き立てると共に、能季を振り返って微かに頷いて見せた。もし、この先また道雅が訝(いぶか)しく思って騒ぎ出したら、手足を縛り猿轡(さるぐつわ)を噛ませてでも黙らせて、無理矢理大宮川へ連れて行く手筈(てはず)になっているのだ。 能季は網代車の後ろ簾の前に塞(ふさ)がるように立って、腰の太刀に手を添え、身構えながら進んでいった。 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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