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カテゴリ:こころ
怒涛の破壊デイズの中、子供たちを連れてトーマスランドに行っていた数日前。この日は特に一日中、体内のエネルギーの通りがむちゃくちゃ気持ち良くて、ぐるんぐるんのめくるめきまくり。体の中を下から上へ、上から下へと駆け巡るエネルギーを味わって味わいまくっていた。
世間は連休ですしトーマスランドは行列しまくりだったのだけど、おかげで退屈しなかった。帰りの電車の立ちっぱなしも全然平気。ひとりエンドレス体内エクスタシー。普段なら行列なんて耐えられないのにねー。 エネルギーの動きに身を委ねていると、肉体を動かしたくなってくる。激しい動きじゃなく、太極拳ぐらいにスローで、もっとずっと小さな小さな動き。そしてエネルギーの動きそのままに動くと、それは不思議とベリーダンスの動きに似るのだった。静かな微細なベリーダンス。 特に印象的だったのが、胸というか胸の後ろの背骨の部分。胸椎何番だろ?自分で数えようとするといつも途中で分からなくなる。ブラのホックが当たる少し上ぐらいだ。そこに何やら歪みや滞りがあるのか、エネルギーがそこを通過しようとする時、うにょりと回転する動きをしたくなる。微細な回転。ただ気持ちよさに任せながら、自動的に体が調整をしているようだった。 帰宅して鏡の前でベリーダンスしてみると、ぬおおお、動きが今までと変わっている!明らかに今までより柔らかく曲線的な動きができるようになっていた。特にやっぱり胸あたり。チェストサークルを初めて気持ちいいと思った。正直、今まで気持ちよく動かしてたのはほとんど腰だけだった。そうか、力任せに筋肉駆使して動くんじゃなく、こうして湧き上がる微細なエネルギーに寄り添って踊ればいいのだねー。というか力まなくても動けるように、体が勝手に調整してくれたようだ。なんて気持ちいいんでしょ! そして翌日、朝からばーばが来て子供たちを連れ出し、ぽっかり予定が空いたので一人カラオケ。相変わらず気持ちよく流れるエネルギーを、今度は喉から出したくて。 最初の30分は苦戦した。だいたいいつも最初は苦戦することが多い。思うように気持ちよく声が出ないのだ。自分なりのチェックポイントをいくつも調整して、肉体的精神的エネルギー的に「うまく通る」状態にして初めて気持ちよくなってくる。 丹田を地面とつないで、胸を開いて、首をすっと伸ばし、喉を開く。力任せに声を出そうとせず、味わうようにそっと出す。それを少しずつ広げていく。体のムズムズする部分をゆらゆら揺らす。まずはメロディに合わせず、湧き出すままの声を味わう。なーんてここまでやって、やっとまともに「歌える」ようになる。面倒な奴だな。そしてノリノリになってきた頃には子供たちが帰ってくる時間で、泣く泣く帰宅。 しかし物足りなかったのでリベンジ!というわけで深夜またカラオケへ。今度は最初から絶好調でかっ飛ばす。私の中で絶好調の基準は「ワダツミの木(元ちとせ)が気持ちよく歌える」なのだけど、楽々クリアだった。すげー!超楽しかったー。でもきっと一人でくねくねしたり唸ったりぴょんぴょんしたり大変あやしかったー。そんなわけで怪しいのでまだまだ人と一緒にカラオケする勇気はない私です。高校の時は彼氏と毎日カラオケしてたんだけどなー。あれ以来ほぼ無いわ。 だいたいまずさ、マイクが使えないのよ。なんでみんなマイク使って歌えるの!?それが不思議。マイクを使うと、マイクを通した声と自分で直接聞こえる声、そのギャップの違和感に気を取られて全然歌えない。歌ってる横で誰かに全然違う歌を大声で歌われたら混乱するでしょ?あんな感じ。 そして歌うことの何が楽しいって、あくまで私の場合。体をぶるぶる震わす声のエネルギー、そしてそれが空間に広がっていく気持ちよさ、を味わうことなので、マイクなんか通しちゃったら何も楽しくないのです。もう全然意味が分かんないのです。 あ、何の話か分かんなくなった。ともかく怒涛の日々のうち、この2日ばかしはあまり破壊という風情でなく、エネルギーをただ味わうことが大変気持ちよかったのでした。もう、なんかひたすら合掌気分。そしてその後、至福から一転、自分の中のでっかい悲しみ寂しさに気付き味わい、そして自分が招き寄せていることの意味を知るフェスティバルもやってきたのだけど、その話はめんどくさいので終了。何だか内面の忙しいことよー。 ↓これ最近忘れてた。 にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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