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2006.11.05
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カテゴリ:コラム・えっせい
 赤ちゃんが欲しい人がわんさかいるのに驚いた。
 子供のころ、一寸法師の絵本を読んだ。

「おじいさんとおばあさんは、村の阿弥陀堂にお籠もりをして、『どうぞ子供をお授けください』と一心に拝みました。三、七、二十一日めに、おじいさんとおばあさんの目の前に、小さな小さな男の子が現れました。ハダカで、大きな声で泣いています。
「なんと小さな赤ん坊でしょう」とおばあさんが拾い上げました。
「阿弥陀様が授けてくださったのじゃ。ありがたいありがたい」
 二人して阿弥陀様にお礼を言って、赤ん坊を持って喜んで家へ帰りました。「可愛い」「かわいい」と大事に育てましたが、赤ん坊は、何日経っても小さいままでした。二人は赤ん坊を、一寸法師と呼びました。
 十五年経って、山仕事畠仕事の辛くなったおじいさんは、「こんな小さい子供ではなんの助けにもならん。十五にもなったのだから、何処へでも行って一人で暮らせ」と一寸法師に言いました。
 おばあさんは、新しい着物とたっつき(ニッカボッカみたいなはかま)を縫ってやりました。なにかの役に立つだろうと、麦藁に入れた針を背中に紐で括りつけてやりました。
「小さいカラダで歩いて都へ行くのは大変だろう」と、お椀とお箸を持って川へ連れて行き、お椀に一寸法師を入れて水に浮かべました。
「さようなら。ゲンキでな」

 昔は十五歳になったら子供は一人前だった。親は何人子供がいても、長男だけを残してみんな家から追い出した。
 現代は子供を大事にし過ぎる。三十歳を過ぎても、仕事がないとか結婚出来ないとかいう子供が大抵の家に一人か二人いる。
 昔は、子供は天からの授かりものだった。いまは女が産む産まないの選択をする。昔、貧乏人は子供を間引いた。食べさせることが出来ないから、生まれたばかりの赤ん坊を水に浸けて殺した。
 子供ほしい欲しいと、人口受精や代理出産や凍結精子などお金を掛けて作ってみたって、将来なんの役にも立たない子供かも知れない。親殺し、人殺しになるかも知れない。善人の税金で私腹を肥やす政治家になるかも知れない。年寄りからお金を騙し取る詐欺師になるかも知れない。
 そこへ行くまでにまず、間違いなくなるのが苛められっ子か苛めっ子かのどっちかだ。
 この国の教育方針が改まらない内は、産めない人は産めないままでいた方がいいと思う。天の思し召しは「子供を産むな」ということなのに、何故産む努力をするのだろう?
 一寸法師のお伽噺には教訓がいくつもある。
 親は、子供に老後をみてもらおうとは思っていない。
 一人前になれば一人で生きて行くのが当たり前だと思っている。
 子供が旅の途中で死んでも仕方ないと割り切る。

 だから、一寸法師がたまたま京へ着いてお姫様に会って気に入られ、お参りのお供をすると鬼が現れたり打出の小槌を落としたり、お陰で普通の人間になったりしても、おじいさんとおばあさんを迎えに行ったとは書いてない。おじいさんとおばあさんは、一寸法師をお椀の舟に入れて川へ流した時、「さようなら」と言ったのが永遠の別れだと思っている。
 仏様に願掛けて授けて貰った子供でも、死ぬまで手元に置こうとは考えないのだ。
 産めない子供を無理に授けてもらっても、所詮は幻ということだ。

 





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Last updated  2006.11.06 03:21:45
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