12/4(金):道平川ダムと上野ダム
12月最初の花旅?は群馬県南西部の道平川ダムと上野ダムを訪ねる旅。下仁田インターで高速を降りて、物好き心で寄ってみたのはここ・・・。 寄ってみた理由はこの駅名・・・。 スーパーマップルの地図帳に書かれていた「かなり変な駅名! なんじゃい」という言葉に反応してしまったのですが、別に何の変哲もない上信電鉄の駅でした。でも、「なんじゃい」という地名はやはり響きが奇妙かも・・・。下仁田は言わずと知れたネギの名産地。道路の両側はネギの畑にネギの販売所。看板もネギとこんにゃくとキノコばかり。時期も殿様ネギが一番おいしくなる時だし、この日は鍋料理を食べたくなるような寒さでした。帰りに道の駅に寄ってみようと考えながら「道平川ダム」へ向かいました。ナビの案内に従って信州街道(姫街道)からダム方面に入っていくと、立派な重力式コンクリートダムが見えてきました。 ダム湖の名前は「荒船湖」。 上がまっ平らな荒船山はその独特な形でどこからでもすぐわかるので、私たちにとっては道平川という名前より荒船湖の方が覚えやすい。 「荒船ダムだったらいいのに。」とはNちゃんの弁。ダムカードをもらう管理事務所は天端の反対側。 そして、天端に出るゲートは閉まっていて入れません。ダム湖の周りを一周する道路があるようなので、ぐるりと回ってダム湖の反対側まで行くことにしました。 今は冬枯れで寂しい時期ですが、湖岸には公園も整備されているので、季節が変われば全く違う景色が見られるのでしょう。天端の反対側にたどり着くと、管理事務所の前にトンネルが口を開けていました。 トンネルを抜けてくる道路があったのですね。事務所でダムカードをもらうために、ノートに日にちと自宅の簡単な住所(例えば宇都宮など)を書くと(ここまではどのダムでもほとんど同じ)さらに訪問した時間(何時何分か)さらにはダムを見た感想、印象なども書くように要求されました。感想まで書いたのはこのダムが初めてです。道平川ダムは上流に3つの取水ダムを持っているのですが、その3つのダムのダムカードもここの事務所でまとめてもらうことができました。 上流から「屋敷川取水ダム」「市野萱川取水ダム」「相沢川取水ダム」があり、道平川ダムからさほど遠くはないので、ちょっと覗いてくることにしました。ダムを見ないでカードだけもらうのは反則になるでしょうから。まず「屋敷川ダム」に向かったのですが、途中に「通行止め」の標識。敢え無く断念、ほかの取水ダムも訪れるのはもっと季節の良い時にしようと、次の目的地「上野ダム」を目指すことにしました。南牧村を経由し、長い「湯の沢トンネル」を抜けて少し走ると十石峠街道。ここから上野ダムに向かって山道を走っていくと何と通行止めの標識が・・・。 通れなかったという証拠の写真を写して、ダムカード配布場所の「しおじの湯」まで戻りました。そこで受付の女性に話をすると、なんと私たちが行った道は間違いだったということが分かり、再び車中の人になりました。教えていただいたとおりにトンネルの続く道を進んでいきました。本当にどっちを向いても山また山で、トンネルがないとどこにも行けないような場所です。「虎王トンネル」とか「琴音トンネル」などなかなか素敵な名前のトンネルを 教えていただいた通りに 4つ抜けるとトンネル出口わきに駐車スペースがあって、そこが上野ダムでした。ところが 12月に入ると「冬季閉鎖中」でゲートが閉まっていて中には入れませんでした。「上野ダム」は全面稼働すれば日本最大の発電能力を持つということ。見学可能な4月以降にぜひ再訪したいと思いました。 再び「しおじの湯」に戻って無事ダムカードをゲット! 12月に入ってからダム訪問したのは私たちが最初だったのかな・・・。ここで受付近くにいらした年配の男性が、私たちにいろいろ話しかけてきたようなのですが、私には(夫にも)全く、本当に、一言も理解できませんでした。受付の女性とは普通に会話が成り立っていたので、日本語だったのは間違いないと思うのですが・・・。上野村特有の弁だったのでしょうか?後で確認したら九州出身の友人には通じていたようなのが余計に不思議でした。そんなこともあり、上野村は私にとって全く異次元の空間でした。特産のイノブタの入ったランチを食べた「道の駅うえの」には、S子ちゃんいわく、「松本清張の小説から抜け出したような」外套に旅行鞄姿の不思議なおじさんがいましたっけ。まるでタイムトラベルでもしたかのような不思議な感覚の残る一日になりました。「上野村」と言って思い出すのは「日航ジャンボ機の墜落」と「御巣鷹山」。ニュースの報道だけで知っていた場所でしたが、その場に実際に行って自分の目で見てくると、救出活動の困難さがよくわかり、あの時の悲惨さが改めて胸に迫ってきました。「慰霊の園」にも足を踏み入れて、せめてもの黙とうをささげてきました。 亡くなられた520名の方たちの名前が刻まれた石を見ているとあまりの無念さに胸が痛くなります。救出活動に当たった村の方たちの優しさにも頭が下がる思いです。「上野村」、心に残る場所になりました。春になったらもう一度訪れたい場所。今のところ、その一番は間違いなく「上野村」です。