カテゴリ:映画-邦画
病院のベットの上で、いろいろ考えた。
家族のこと、仕事のこと、病気のこと・・・・。 考えれば考えるほど、堂々巡り。結論なんかでやしない。 こんな状況で、頭の隅っこに残っていた映画が今日の「会社物語」。 心不全で亡くなったハナ肇の、遺作ともなった映画だ。 ストーリー goo映画より 花岡始は57歳。東京の商事会社で34年間真面目にコツコツと働き続けた万年課長だが、間もなく定年を迎えようとしていた。いまや仕事もさほど忙しくなく、若い部下達もあまり相手にしてくれない。家に帰れば家族間のトラブルがまたストレスの種。そんな花岡にとって唯一の心の安らぎは、愛らしく気立てのよい新入社員の由美だけだった。 全文を読む 映画の流れは二つ。 ハナ肇演じる花岡の退職の日までの物語と、花岡の部下、由美の物語。 花岡の物語は、そのまま彼がつとめた34年間の意味を問いかけ、一方、由美のストーリーは現在進行形。 花岡のストーリーと由美のストーリーは、それぞれ異なる様相を見せながら、結果としてシンクロしていく。 花岡は言う。 「勤続34年。勤め上げたというよりも、この会社で暮らしてきたというのが、今の正直な気持ちです。もちろん仕事もしたけれど、酒を飲み、花見をし、将棋を指した仲間たち。不思議な縁でめぐり合った出会いが私にとっての会社でした。なかには女房より多くの時間を過ごした人がいる。息子より語り合った部下がいる。オフィス街にはふさわしくない言葉かも知れませんが、この場所は一つの村だったような気がします。われわれサラリーマンはネクタイをしめた村人です。苗を植えるように残業をし、稲が実るように仕事を片付き、太鼓を鳴らすようにカラオケを歌った。今、定年の日が近づき、心に覚える郷愁のような気持ちはそのせいかも知れません。この年老いた村人は、次にどの村へ歩き出せばいいのでしょうか?」 この言葉にあわせて流れる会社でのいろんな回想シーンが、彼の34年間を物語る。 と同時に、花岡は「気取ってるんじゃないよ」と、自分の仕事の幕引きがまだまだ終わってないことを言外に伝える。 一方、付き合っていた彼が専務の娘と婚約して、失恋してしまった由美。 翌日、失意のどん底で出勤した由美の目を通してみた会社の姿は、あまりにも怠惰。でもそれが会社の現実だ。 この部分の描写は結果として、花岡の今までの34年の苦労を見事に浮かび上がらせる。 そんな中、花岡はジャズの仲間と知り合いスイングバンドを組む。 このジャズ仲間との交流を通して、青春時代の輝いていた自分を取り戻す、花岡。 12月25日、花岡の誕生日、定年退職の日、そして最初で最後のコンサート。 だが、開始早々自宅からの電話で自宅にとって返す花岡。 そこには荒れた息子の姿があった。 息子の暴力にひるまず、立ち向かう花岡。 暴れ疲れた息子の頭を抱きしめる、花岡。 会社に戻った花岡は、待っていたメンバーと一緒に演奏を再開する。 観客は由美ともう一人、息子より語り合った部下だ。 曲は「MEMORIES OF YOU」から始まり「スターダスト」と続く。 (この「スターダスト」の曲が切ない。前半(由美との二人だけの送別会前)に流れるポップス調のスターダストと、ジャズアレンジされたこの演奏との違いが、切ないほど心に響くのだ) 挿入されるジャズ仲間との回想シーンは、社内報を書いているときの回想シーンとは明らかに違う。 生き生きと自分のありのままをさらけ出している、自由な花岡だ。(と同時に、ハナ肇とクレージーキャッツの面々の30年のつき合いの素の部分のような気がした) 演奏は、最後の「黒い瞳」。 花岡のドラムソロ。 演奏を終わった花岡は、流れる汗を拭おうともせず「ありがとう」とつぶやく。 ラストシーン 朝、会社に向かう人の流れに逆らうように帰宅する花岡。 横断歩道で由美を棄てたエリート社員の早川を見つけ、道を譲らない早川をぶっ飛ばす花岡。 乗客が下車して、誰もいない電車の乗り込む早川。 朝日のさす都会の風景・・・・エンドロールにかぶさる木野花のナレーション。 (個人的には木村役の木野花の演技が好きです) 会社という村を離れて、ようやく自分を取り戻す早川。 ネクタイを締めた村人から、ようやく裸の自分に戻れたのである。 ところでこの映画のすごさは、バブル絶頂期の1988年に作られたと言うこと。 今までのクレージーキャッツのイメージとは全然違う映画だけど、彼らだからこそ、あのバブルで浮かれた時代に、シリアスなこんな映画を作ることが出来たのだと思うのだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006/06/18 06:06:43 AM
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