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テーマ:世界を動かす国際金融(373)
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「私は欧州と時間帯が同じ地域を自然なユーロ圏だと考えている。つまりユーロが自国通貨あるいは自国通貨のアンカー通貨になる地域だ。これは北極からケープタウンまでをカバーする。もちろんアフリカも含まれる。中欧と東欧を含む欧州全体は言わずもがなである。ロシアは特別だ。半分はアジアだからである。積極的にこれを推進しろと言っているのではない。しかし、結局それが自然な動きだと私は思うのである。」(トマソ・パドア=スキオッパ) 上は、ECB理事時代のパドア=スキオッパの発言である。 ファツィオが辞任し空席となったイタリア中央銀行総裁のもっとも有力な候補は、現時点ではトマソ・パドア=スキオッパ(Tommaso Padoa-Schioppa)のようである。パドア=スキオッパが次期総裁に就任することになるのかは分からないが、簡単に紹介する。 パドア=スキオッパは、2004年11月24日の時点でCPSS(支払・決済システム委員会)の議長であり、CPSSとは、G10諸国の中央銀行が支払・決済の仕組みの動向をモニター・分析し関連する政策課題を検討するフォーラムである(その記事)。CPSS事務局は、BIS内に設けられている。また、パドア=スキオッパはビルダーバーグのメンバーでもある。ビルダーバーグの現議長であるエティエンヌ・ダヴィニオン子爵が“New Boss”になった『BILDERBERG 2000』にも参加メンバーとして名前が挙がっていた。 Viscount Etienne Davignon, new boss! 『BILDERBERG 2000』 http://www.bilderberg.org/g/Bilderberg.html 「bilderberg.org」にある『WANTED LIST』には、デヴィッド・ロックフェラーと並んでパドア=スキオッパの写真がある。 Tomasso Padoa-Schioppa of the ECB David Rockefeller himself? 『WANTED LIST』(写真) http://www.bilderberg.org/g/wanted.html Mr. Tommaso Padoa-Schioppa (イスラエル執行理事会会議のメンバー)? The European Commission's Delegation to Israel http://www.eu-del.org.il/newsletter/english/default.asp?edt_id=15&id=196 ユーロは、ドルを代替する通貨ブロック=ECB理事(イスラエル中央銀行の創設50周年を祝う会合で) ※ ECBは、共通通貨ユーロの管理を行なう加盟国から独立した中央機関で、現総裁はトリシェ前フランス銀行総裁。執行理事会(役員会)は、総裁と副総裁と4人の理事、合計6名で構成され、パドア=スキオッパは半年前まで理事を務めていた。 現在の執行理事会(役員会)のメンバー 前列中央がトリシェ総裁、右がパパデーモス副総裁。 Weekly Meeting 左側中央がトリシェ総裁、右側中央がパパデーモス副総裁。 【現在の4名の理事】 ロレンツォ・ビニ・スマギ(Lorenzo Bini Smaghi) ゴンザレス・パラモ(Jose Manuel Gonzalez-Paramo) オットマー・イッシング(Otmar Issing) トゥンペル・グッゲレル(Gertrude Tumpel-Gugerell) The Executive Board http://www.ecb.int/ecb/orga/decisions/eb/html/index.en.html ECB http://www.ecb.int/home/html/index.en.html Members of the Governing Council 中央にファツィオがいる。 The Governing Council ※ ECBの最高意思決定機関は政策理事会(Governing Council)であり、メンバーは役員会の6人とユーロ12カ国の中央銀行総裁から構成され、単純多数決で政策決定がなされる。 ユーロ中央銀行制度 http://kccn.konan-u.ac.jp/keizai/europe/11/03.html 【トマソ・パドア=スキオッパ】 パドア=スキオッパは、欧州中央銀行(ECB)の初代理事であり、98年6月1日から05年5月31日まで7年の任期を務めた。パドア=スキオッパはECBにおけるイタリア最大の「貢献者」なのである。パドア=スキオッパは、ECBの“外務大臣”とも言える役割をこなし、理事の中でも彼がもっとも熱烈な親欧派であり、政治同盟への前進が欧州の利益に適うものと「確信」している人物である。ファツィオ(前)伊中銀総裁は、各国中銀が権限を保持すべきだと主張し続けた人物なので、同じイタリアでも、ファツィオとパドア=スキオッパは、考えというか思想が違う。だからこそパドア=スキオッパがECBの“外務大臣”に任命されたとも言えるだろう。 パドア=スキオッパは北部イタリアの町で、欧州を相手に金融関係の仕事をする裕福な家庭に生まれた。博識であり、英語も完璧。 パドア=スキオッパのことを、「純粋に経済学に関する教育と知的能力という面では、彼は抜きん出ている。彼が話をするときにはつねに耳を傾けるようにしている」とアンドルー・クロケット(BIS総支配人)は言う。 パドア=スキオッパの父親は「アシチュラツィオーニ・ジェネラーリ」というイタリアの大手保険会社の代表取締役で、両親はドイツ語が堪能。この影響からか、パドア=スキオッパは大学に入る前に、保険会社の見習いとしてドイツで働いた経験がある。さらに、大学卒業と同時に再びドイツに行き、「C&Aブレンニンクマイヤー」という蘭独系の衣服販売会社に2年間勤務した。 イタリアに戻ったパドア=スキオッパは、イタリア銀行に入りミラノ支店に配属される。その後、渡米してマサチューセッツ工科大学に学び、同大学でイタリア人としては初となる経済学修士号を取得した。 渡米から帰国後、彼はイタリア中銀に復帰し、それから27年間の殆どを中央銀行で過ごす。「殆ど」というのは、1979年から4年間だけ休職しているからである。パドア=スキオッパはこの期間、欧州委員会で働くために中銀を休職したのである。担当したのは、経済金融総局の委員であった。彼がドイセンベルク(オランダ中銀)と出会ったのはこの時期である。 パドア=スキオッパは当時オランダ中銀の理事であったヘルプ・ミュラーとも親しくなった。ミュラーは彼をかわいがり、彼をEUの銀行諮問委員会の委員長に推薦した。数年後、パドア=スキオッパはBISの銀行監督委員会の議長にもなった。イタリア中銀に戻ったパドア=スキオッパは、副総裁に昇進した。 カルロ・チアンビ総裁の後任を巡る競争でファツィオに敗れてから4年後の1997年、パドア=スキオッパは中銀を後にしてイタリアの証券取引所委員会のトップに就任した。1998年5月、ECB理事に指名されたことから、証券取引所委員会を去った。ECBがパドア=スキオッパに与えた「ユーロタワー」の部屋は、素晴らしい景色を眺められる34階の北西側の角部屋であった。 「通貨発行は君主の特権であり、またそうでなければならない。……国際経済にも主権国家群にも、国家における公的機関のもつ権限と同じような力を与えられた君主と呼ぶべき存在がない。貿易および金融関係が、少なくとも最低限の国際的な金融当局を必要とするほど相互依存的になってくると、君主不在の状態を是正する必要が生じてくる」(パドア=スキオッパ) 伊中銀総裁辞任、市場の注目は後任人事 12月20日、イタリア銀行のファツィオ総裁が19日辞任したが、 国内金融市場の注目が後任人事に集まる。 18日撮影(2005年 ロイター) [ローマ 20日 ロイター] イタリア銀行(中央銀行)のファツィオ総裁が、銀行の買収疑惑をめぐる圧力に屈して19日辞任したが、国内金融市場の注目は、後任人事に集まっている。 これまでに候補に上がっているのは、イタリア人最初の欧州中央銀行(ECB)理事となったパドア・スキオッパ氏や、ドラギ元国庫局長。 ある国際機関の幹部は、1998年から今年6月までECB理事を務めたスキオッパ氏は、それ以前のキャリアの大半をイタリア中銀で積んでおり、ファツィオ前総裁の後任には最適と指摘。「中銀を最も熟知し、最も迅速に事態を収集できる候補となろう」と述べた。 ただ一部には、スキオッパ氏は中道左派の野党に近すぎるとベルルスコーニ首相が判断する可能性もあるとみている。 このほかの候補としては、モンティ元欧州委員、グリッリ国庫局長が考えられるという。 後任が決まるまでは、デザリオ副総裁が暫定的に総裁を務める。 (ロイター) - 12月20日12時36分更新 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051220-00000533-reu-int ※ 関連エントリー ファツィオ総裁が辞任 http://plaza.rakuten.co.jp/HEAT666/diary/200512200000/ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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