長文レポート後半
4.阿蘇での活動事例まずは阿蘇の地理的状況を説明する。阿蘇市は熊本県の東部に位置し、面積376.25km²、人口は約3万人程度。就業人口の約4分の1が第1次産業に就いており、熊本市の4%と比べて多い。その象徴となる阿蘇山は、中央火口丘群の根子岳、高岳、中岳、烏帽子岳、杵島岳の5つの山(阿蘇五岳)の総称であり、最高地点は高岳の1592m。東西18km、南北25km、周囲128kmに及ぶ世界有数のカルデラ を誇る。阿蘇のカルデラ火口丘と、約1,600種、日本全体の約5分の1の植物が存在する草原が織りなす雄大な自然景観は、毎年日本全国・海外から1,800万人以上の人々が訪れている。降雨量が年間2500mm以上あることも、豊かな草原を作る一因となっており、約230万人に水を供給する九州の水がめ的存在となっている。ちなみに東京での降雨量は1400mmである。阿蘇の特徴はやはり火山と草原ということになる。阿蘇の草原は人間が牛馬を飼育することで、1000年以上の昔から存在してきた。それは牛馬の飼料となる草を得るために、人が野焼きで自然に手を加えることで草原を維持してきたからだ。なぜ人が手を加える必要があるかというと、大地は放っておくと極相と呼ばれる陰樹林へ遷移するためである。何もない裸地には最初、地衣類やコケ類が育ち、順に一年性の草本、多年生草本、日当たりが必要な陽樹、最後に日陰でも育つ陰樹林と長期間かけて次第に姿を変えていくのだ。背の高い陰樹林の元では、暗い苗床のために落雷による山火事などの天変地異か、人為的な力が働かない限りはいつまでも陰樹しか育たない状態になり、牛馬の飼料になるような草は生えてこない。阿蘇では4~5年間、草原を放置すると、草丈の高いススキやアキグミなどが繁生する荒地となってしまう。それらは可燃性が強く、人の手で火力を抑えられないために野焼きができず、牧草地として活用できなくなってしまうのだ。それを防ぐために、定期的に大規模な野焼きを長年続けて、草原を保ってきたのである。しかも、春先に野焼きをすることで、草木灰が酸性に傾く土壌を中和・肥料の役目を果たし、大陸性の希少動・植物が多く生息する阿蘇の草原を作り上げている。 こうして、阿蘇の草原は牧畜のために長い間その状態を保ってきたが、1991年に牛肉の輸入自由化で状況が一変した。安価な外国産の牛肉が流通して以来、価格面で競争できない畜産農家の数が激減してしまった。これは特に小規模な畜産農家で顕著である。収入面では、自由化以前と比べ約300万円の減収となっている。この輸入自由化により、畜産農家だけでなく、畜産のために維持してきた草原も危うくなってしまったのだ。このような商業的なグローバル化は、規模の大きい一部の強者が利益を得る一方、弱者を搾取してしまう資本主義社会の悪しき特徴の一つと言えるだろう。(リカードの比較優位に基づく自由貿易、商業のグローバル化問題は本テーマと外れるので詳しい説明は省く。)畜産農家が減ると野焼きの人手が足りなくなる。阿蘇での野焼きがどれくらい大変かというと、延焼防止のための下準備である草刈、通称「輪地切り 」の総延長が約640キロもあるのだ。640キロといえば、直線距離にすると東京から北海道の最南端までに相当する。面積で言えば440haで、これは甲子園球場約113個分にもなる。1000年前とは違い、現在は便利な機械があるので、草刈は見た目も楽そうであるが、実はかなり体力を使う作業である。群馬の山で育った自分自身も小規模な草刈作業を経験しているが、手慣れていないと200坪程度の範囲でも1時間近い時間を要する。体力的にも上肢の筋と腰に多大な負担をかけ、刃が石をはじき、怪我をする可能性もある危険を伴う作業だ。ましてや、急な勾配のある山の斜面での作業では、その危険性はさらに増大する。ただでさえ、過疎地域においては人手不足・農家自体の高齢化が進んでいるので、この膨大な量の草刈・野焼きはとても困難な重労働になるのだ。この状況を改善に向かわせたのが、地元の伝統を守ろうとするスローライフの概念である。 草原及び地域産業復活のために、まずは牛肉のヘルシー化運動が行なわれた。近隣の都市住民は、外国産より少し高い値段でも産地直送の地元牛肉を買うようにして、地元ではその肉をおいしく食べられる店を展開させた。まさにスローフードの地産地消による伝統的食生活や食の安全確保、健康な食生活の概念の実践をしたスローインダストリーと呼べるだろう。こうして誇りと伝統である畜産を維持しようとすると、餌である牧草を確保するために野焼きが必要になってくる。しかし、高齢化した地域では人手が足らないことは既に述べた通りだ。そこでエコツーリズムの概念を用い、不足した人手を非地元の住民によるボランティアの参加で補うようにしたのだ。当初は少なかった参加人数も年を重ねるごとに徐々に増え、平成17年には年間1500人を超している。ボランティアといっても、作業内容に危険が伴うために1泊2日の研修を受ける必要があるくらい本格的なもので、自らにも責任が生じる。阿蘇の雄大な自然に触れる観光的要素と、地元活性化へ寄与するボランティア要素が融合しており、エコツーリズムはただの観光とは明らかに異なる。これらの動きによる効果は多方面で現れる。まずは経済面から紹介していくと、畜産農業の復活による地方経済の活性化が挙げられるだろう。牛肉の売り上げ増加、牛肉利用店の売り上げ増加、畜産従事者の所得および数の減少抑制。また、地元での消費を促進したことから輸送コストの減少効果もあるだろう。それは環境面から見れば、CO2削減による環境負荷の軽減と言える。草原が維持されることで、長年そこに存在してきた生態系も維持できている。何より地域の特色・伝統を守ることは、地域住民としてのアイデンティティー、自信の回復効果もある。過疎地では就職口不足から来る都市部への人口流出が懸念されるが、このような地元経済・伝統の復興は、地方の過疎化を食い止める手段の1つにもなり得るのではないだろうか。 この活動は都会のボランティア参加者にとっても、普段の都会生活では体験できない自然との触れ合いにより、環境に対する意識を向上させる良い機会になっている。現在はこうした農的実労働に興味を持っている人が増加傾向にあることから、都市側から見ても需要があるのだろう。このようにエコツーリズムは相互の需要を満たすという大きなメリットがあり、活動が拡大した理由だと考えられる。環境保護問題においては環境と経済の両立が最重視されるが、エコツーリズムはまさに両者の共存を可能にする有効策の一つなのだ。5.まとめ 最後にエコツーリズムの課題と、これからの提言を行なう。エコツーリズム全体の課題としては、マスツーリズムと明確に差をつけること。プログラムの中には通常の観光と大差ないものが多いのも事実である。また、環境・自然に対する的確な指導を行なえるものがいないと、逆に自然を壊すことにもなりかねないし、エコツーリズムとして自然・地域を学ぶ効果が薄れてしまうからだ。阿蘇における課題として、まずはボランティアの高齢化が挙げられる。平均年齢52.8歳。参加者の半分以上は50歳以上であり、まだまだ若者に浸透していない様子がうかがえる。草刈には労力以外にも技術・経験も必要となるので、そのせいもあるかもしれない。しかし、それ以上に若者の農業離れの深刻さを物語っているのではないだろうか。実は、畜産業従事者は相変わらず減少している。その大きな理由としては2001年BSE問題が挙げられるが、その他にも格差社会、社会のニ極化に対する不安から安定を望む傾向が見られ、兼業化、高齢化が進んでいると考えられている。H10年で1846あった有畜農家戸数はH15年には1183まで減少し、そのうちの半分の586戸は世帯主が50歳以上で、後継者がいないという状況である。エコツーリズムのような地域としての努力の他にも、国の協力が必要であり、畜産農家の明るい未来を示し、若者たちの農業離れを食い止めなければならないだろう。 さて、阿蘇は元より観光として人気のある土地である。他にもエコツーリズムが盛んなのは北海道、沖縄、奄美大島など、観光地的な要素が強い場所が多い。しかし、エコツーリズムの概念に基づけば、必ずしも有名な観光地である必要はない。むしろ、過疎と呼ばれる場所であれば、どこでもできるのかもしれない。阿蘇では草原の維持の他にもゆたっと村という、都市と農村の交流施設も存在し、さらにファームステイと呼ばれる、農家に泊りがけで農業体験するエコツアーも行なっている。ファームステイは基本的には学校単位で申し込み、一農家に4-5名が宿泊し、農業や文化と触れ合う活動だ。そば打ち、竹炭作り、植林、田植え、稲刈り、酪農など様々なプログラムがある。これならばいわゆる田舎であれば、ほぼどこでも行なえるものであり、効果的に環境・農業への意識向上や地元への愛着、畜産・農業従事者増へ期待がもてる活動が行なえる。実は田舎の子供ほど自然が当たり前と感じ、その大切さを忘れるという傾向がある。そういう意味では、エコツアーは都会・地域に限らず幅広い対象に行なうことが効果的であり、より参加しやすく、より意義を持ったプログラムを、観光地・非観光地問わずに行なうべきであろう。参考文献辻信一『スロー・イズ・ビューティフル』(平凡社)2001年ヴッパタール研究所『地球が生き残るための条件』(社団法人 家の光協会)2002年沼田眞『環境教育のすすめ』(東海大学出版会)1987年加藤秀俊『日本の環境教育』(河合出版)1991年暉峻淑子『豊かさとは何か』(岩波新書)1989年日本園芸福祉普及協会『園芸福祉のすすめ』(創森社)2002年参考ホームページ財団法人 グリーンストック:http://www.aso.ne.jp/~green-s/index.html阿蘇草原再生プロジェクト:http://www.aso-sougen.com/index.html阿蘇グリーン・エコ・ツーリズムセンター:http://www.e-aso.com/get/