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40. セスクが落ち着くと、次王はイオを伴って、ヴァンダルの宿営地へと向かった。 不安そうについてくる少年を振り返りもせず、大きな背中で次王は言う。 「おまえの剣の師匠に会わせてやる。ヴァンダル族でも一目置かれている猛者で、もしおまえがいなければ、そいつをリクトルの副官にするつもりでいた」 セスクはしばらく考える。 「ルキウス、ですよね」 「そうだ。歳は3つ上だ。おまえは剣の腕は十分かもしれないが、年齢による体格差はどうしようもない。ルキウスだって常に強くなるだろうし、3才の差は膨大だ。一生ルキウスには追いつくことはできないだろう。だからおまえの師匠にルキウスを選んだ。あいつに学べ。そしてあいつに追いついてやると思え。そうすればあいつは負けられないと、もっと強くなろうとする。おれはそれを望んでいる」 まさにボルニア流というよりは、ヴァンダル流の戦士の育て方だった。 このレト族の少年をヴァンダルの流儀で鍛え上げようと言うのだ。 「怖気づいたか?」 しばらく黙ったセスクを挑発するように、次王が聞く。 「つよく……、どんな方法を使ってでも強くしなければならないんですね?」 次王はおや? と振り返って、その武者震いする少年を頼もしげに見つめて頷く。 「そのとおりだ」 宿営地は次王の来訪を受けて蜂の巣を叩いたようになった。 暇つぶしに訓練をしていた面々が慌てて汗を拭い(そういう部族なのである)、支給され始めたばかりの毛皮を羽織って、続々と次王の前に集まってくる。 「リクトルさまは、副王は無事ですか?」 「ああ、命に別状はないと聞いている。正直エストにこれほどの高度な治療法があるとは思わなかった。知っていたか? 刀傷が膿むのを防ぐのには、ウィスキーを吹きかけるのがいいらしい。ただ、これは想像を絶するほど苦痛をもたらす。あのリクトルが子供のように呻いていたよ。それをしつこいぐらいに永遠に続けるんだ。エストの連中はそれを消毒と呼んでいる」 それはほっとするというよりは、慣れないボルニア人には異教徒のしわざのように感じるのだが、具体的になにをしているのかが分かるのは、少しは心の足しになる。足がかりになるからだ。 「エストの治療団に任せておけば、おれが倒れても、きっと元通りにしてくれるだろう」 「冗談はやめてください」 そう直言したのは、イオにも顔なじみのルキウスで、イオよりだいぶ若いが真っ直ぐな性格の好青年である。イオが次王の副官に選ばれた時に一番傷ついたはずなのだが、イオには非常に協力的な姿勢を示し、むしろ反対するヴァンダル族を説き伏せて回った。 イオの立場を作ったのはこの青年だ。 それはイオと次王とただならぬ呪われた関係を察知したからだろう。 おそらくルキウスには、厄介事を次王とリクトルに押し付けている自分たちの姿が見えていたのだろう。イオからしてみれば理解力のある同僚だった。 「ルキウス、ついさっきリクトルの副官が決まった。元々ルキウスにしようと思っていたが、考えを変えた。こいつにする。このチビだ」 セスクが紹介されると、ヴァンダル族の面々は口々に言う。 「レト族のガキじゃないですか!」 「こいつは、リクトルさまの重傷の原因になったんです!」 「こんな線の細い子供にリクトルさまの護衛なんてできない!」 怒号のように叫ばれる非難を、ルキウスは黙って耐えた。 次王はそれを涼やかに見ていて、ルキウスはその次王の考えていることが、たぶんわかった。 「こんなチビだと、お前たちは言う。それは正しい。こんなチビでは、話しにならないのは明らかだ。だがこいつは目の前で自分のせいでリクトルが重症を負った時に、常に責任を感じて、いっさいの言い訳もせずに、いっさい逃げようとしなかった。13だぞ。こんな重大なことをしでかして責任を取ろうとするやつがいるか?」 それで黙る。 しばらく沈黙が続いたがルキウスが答えた。 「おれもそうした」 「そうだルキウス、おまえもそうだ。こいつはおまえと同じだけの責任感がある。だが、こいつはリクトルに対して一生かけて償わなければならない借りがある。こいつはリクトルを命を投げ出しても守ろうとするだろう。こいつは呪われているんだ」 イオは自分と次王の関係を考えざるを得なかったが、呪われているから上手く使われているのだろうかと考えてしまう。 「それにルキウス、おまえは前線にいて欲しい。イオのようにおれの背中にしがみついているのではなく、隣にいて前を見て戦友として共に戦って欲しい。おまえは若いがヴァンダルでも一二を争う猛者だと思っている。陣で隣に並んで欲しい、不満か?」 ルキウスは言葉を失った。 しばらく困ったように言葉を探し、やっと言う。 「い、いえ、そこまで認めてもらっていたとは……」 「ただ、こいつが足手まといのままでは困る。おれも困るし、リクトルも困るし、ヴァンダルも困る。ルキウス、おまえは馬鹿にしているかもしれないが、こいつはイオより剣技は上らしい。リュディア流の剣技を叩きこまれている。だから送り込まれた。こいつを鍛えあげてやってくれ。ヴァンダル流の何たるかを叩き込んでくれ。それができるのはおまえだけだ」 震えるセスクが訓練用の剣を握ると、ルキウスは同じように木刀を握って、軽く息をついた。 次王やヴァンダル族はそれを賑やかに取り巻いて、地べたに座り、くつろいだ様子で果たし合いを見守る。おそらくこれはヴァンダル族の文化なのだろうとイオは思うのだが、たぶんこのような訓練の光景を娯楽として楽しんでいるのだ。くちぐちに下馬評を語り合うのは、剣術に対する評価に対する見識を高めるのに役に立つだろうし、それが評判になると分かれば、お互いに手が抜けなくなる。 「まず、おまえの剣技を見る。それからどこまでその身体でやれるか試す」 ルキウスは宣言し、非常に一般的な構えをする。 それに対して、セスクはすぐに防御一辺倒の構えをして、備える。 どちらが動くというでもなく、二人の剣が合い始め、ルキウスが剣を叩き込むが、それを奇怪な剣技で受け流すという展開が続く。 「リュディア流だ、しかもかなり上手い」 どこからともなくつぶやきが漏れる。 なんどルキウスが打ち込んでも、セスクは巧妙に受け流し、それで相手の態勢を崩してわずかな息をつく。もちろん、セスクからの攻撃はない。速い太刀筋を受けるのに精一杯なのだ。 「どちらも強いな……」 だれかが呟く声に、木刀が打ち合う音が響く。 業を煮やしたのはルキウスだった。その胸に炎が灯るのがイオには見える気がした。 イオがやったように力勝負に持ち込み始め、相手の体力を削ろうとしていく。強靭な筋力に裏打ちされた強打を浴びせられ、それが支えられなくなる。揺らいだところに、ルキウスは体当たりをした。 おそろしく泥臭い。 それで重心を崩したセスクの脚を払い、転んだところに剣を突きつける。 肩で息をしていた。 「おまえは強い。それは認める。だが、おまえは身体ができていない。そんなのは、誰もひと目で分かる。だが、いまから急激に大きくなることは無理だ。だからおまえの仮想敵は常におまえとの体格差で勝負してくる。その時にどんな手を使ってくるかを知り尽くせ。その対策をとれ。正直リュディア流と戦うのは楽しい。たっぷり付き合ってもらうぞ。どんな手で来るのかを理解し尽くすまで、付き合え」 イオはふと思い出し、次王に言う。 「そういえば、レトの次王と約束しました」 「なんだ」 「セスクをパントと御前試合で戦わせて、勝たせると」 次王はしばらく考えていたのだが、諦めたように言う。 「それはあいつの承諾が必要だ。あいつと話に行こう。レトの次王と話すのは久々だ」 ※ 次王は一応毛皮をまとっていく。 それが礼儀なのかはイオにはわからなかったが、もしかしたら寒かったからなのかもしれない。 雪がちらつく大要塞を歩きながら、白い息を吐く。 各部族の宿営地に立ち寄り、いちいち地方色豊かな鍋に匙を伸ばし、それを食べて美味いという。イオはつまみ食いをする次王について行っていいのかさえわからず、申し訳程度に、匙を伸ばして、味見をする。 「レトの次王との直談判するんではなかったのではないですか?」 「わるい。ちょっと我慢してくれ、おれはなにも知らないんだ」 その弁明は、食欲を満たすのは許せと言っているようで、聞いたこともない部族の料理に感心しきっている姿とは、変なミスマッチに思えた。 次王は味見をしながら、ボルニアの諸部族と食べ物の話をしていく。 それは盛り上がる時もあったし、次王の口にあわない時もあった。 もちろん、理解できないのはイオの未熟さではあるのだが、正確にいうと、この王はボルニアを知りたかったのだ。 それで食べる。 これは、おそろしく効率的な方法で、食べることでこの王は簡単にボルニアを理解した。 ジャングルの部族たちはなにを食べていて、どんな食卓を囲んでいるのか。 これは辛すぎないか? ロゴス族では、子供もこんなものを食べるのか? いえいえ、子供にはつらいので、この香辛料を掛けるのは大人だけです。もうちょっと温かいものとか、芋のたぐいが殆どです。でもこのキノコは入れるんだろ? ええ、これがいい味になるんです。 イオはそれがおそろしく豊穣な情報であることに気づき始めた。 これは食べることを通して、その部族の家族の日常を聞いているのだ。 外交上すぐれた情報収集をしているとイオが思ってしまうのは、官僚部族であるリュディアの考え方にイオが染まっているからだ。次王は素直な好奇心の発露として、ボルニアの諸部族を知りたいと思っている。 それを次王は心の底から楽しく満喫している。 「イオ、すまん、次が最後だ」 もう、何回告げられたかわからない言葉だ。 それでも次王は部族の食事のはしごを続け、ようやっとやめようと思ったのは昼食の時間が終わり始めた頃になってからだった。 鉄鎖の次王が現れると、レトの宿営地は騒然とし、慌てるレト族の面々を見ながら、 「いい話を持ってきた。族長はいるか?」 と端的に聞く。 するとレトの重臣らしきものが前に立ち、おそるおそる次王の顔を伺う。 「いい話だといった。おれが嘘を言ったことがあるか?」 「いえ、ありませんでした。どうも耄碌するといろいろ大切なことを忘れます」 「貴公はレト族に忠実なだけだ。警戒するのもわかるが、おれとレトの次王は盟友だ。幼児の頃からの親友だ。あいつは交易から帰ってくる度におれたちに外の世界の話をずっとしてくれた。おれたちはそれで外の世界を知った。おまえたちは族長を軽視しているのではないか?」 ちくりというのは、レトが割れているからだ。 「めっそうもない」 「では、早くレトの次王に朗報を伝えたい」 イオは3王の相変わらずのやり口に感心してしまうのだが、結局のところ鉄鎖の次王の権威の行使が部族を動かしているのは、どうしようもない。 レトの重臣は次王のもとまで案内し、その顔を見るなり、ヴァンダルの青年は歩み寄って肩を抱いた。 「いいのを送り込んでくれたな。セスクだ。あいつは使える。リクトルの副官にすることにした。あいつにレトとの連絡は任せることにする」 「喜んでもらえると思いましたよ」 とうとつに次王の表情が怒気をはらむ。しばらく沈黙したのちに言う。 「へりくだった言い方はやめろ。おまえはレトの次王だ。新しいボルニアは3王が等しく並立する国だ。リュディア、ヴァンダル、レトが共に同じ立場にあって協力する国だ。ヴァンダルに責任を押し付けるな。それに不満があるか? おれに責任を押し付けたいか?」 軽口が出てこないことを確認して、イオはあんがいこの夫立候補者は良く出来たやつなのかも知れないと思い始めた。 「イオに求婚したそうだな」 とうとつに次王は言う。 「たしかにおれも気が合うかもしれないとは思う。ただ、リュディアとレトが同盟を結んだと思われると、ヴァンダルがざわつく。ヴァンダルを統治するものとしては、余計な厄介事を持ち込んでほしくないのだが」 しばらくレトの次王は考えて言う。 「だが、これは本気だ。話すうちに、ますます惚れ込んでいく。はじめはそうだ、打算だった。レトがリュディアとヴァンダルの同盟に食い込むためには、その情報の中枢であるイオに常に接触できる口実がほしいとは思っていた。だが話してみると、想像を絶するほど魅力的だった」 あまりにも正直すぎる発言にイオが戸惑ってしまう。 イオの周りにはあまりにも魅力的な人物がいる。それらに好かれるのは、ただ単に、イオがなんの遠慮もなしに暴力的な発言をするからであるのだが、それが地位的に上位の人達に響くのは、それが珍しい現象だからなのかも知れない。 「イオ、リュディアに似たような跳ねっ返りがいるだろ? 紹介してはどうだ?」 これは不意であり、かつ、こころがキュンとする言葉だった。 はじめて、鉄鎖の次王が嫉妬を見せた。 それはイオの勘違いだったのだけど、こころが乱れた。 「あ、あ、あ、リュディアはいまは写本で忙しいですし……、優秀なのは本国にいるのです……。あっちは兄貴がいないから大変で、出せる人物がいないのです……」 イオが慌てて言うと、次王はにやりと笑う。 「この役をセスクに任せたい。ヴァンダルとレトの橋渡しになる副官だ。おまえが送り込んだあいつはなるほど、それに適任だ。まず族長としての許可がほしい」 優男はしばらく考えていたが、端的に許可しますという。 「ちがう、ちがう、ちがう!」 次王が大声で叫ぶのに、レト族がびくりとした。 「おれが求めているのはそれじゃない! キュディスの政治体制はそうなっていない。各騎竜兵団の投票で許可するかしないかを決める。ボルニアの3王が等しい投票権を持っていて、多数を持ってその行動を許可するかどうか決める、分かるか?」 たぶんレトの次王はびっくりしていて、完全に平等な票を3王は持っていると言っていることに、言葉にするのが難しくなっていた。レトは差別を受ける下等部族としてあつかわれている思っていたのだ。 「レトは……、レトはなにを差し出せばいいのでしょう?」 「セスクだ。あいつはレトの未来だ。おまえがそういった。おれもそう思う。あいつはイオに預けた。イオは預かった少年をむげにはできない。どんな手を使っても、セスクを大切に守ろうとする。おまえのところに殴りこんだだろう?」 色男はイオをチラと見て、ため息をつく。 「イオが、アンタッチャブルになってしまうがいいのか?」 41. お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
January 29, 2016 01:15:40 AM
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