カテゴリ:あげまん・さげまん
ちょっと間が空いてしまいました。
皆さんお元気ですか? ちょっと思う事があったので記事にしてみようかと思います。 私は昔、もっと強くなろうとして、よく自分と合わない人たちと仲良くなろうとしてきたことがあったなぁと思い出していました。 今思えば正反対の人達なんですけどね。 そうやって、自分を合わない環境に置いて、スパルタでもするかのように。 そのくせ、その人たちにプライベートで「一緒に~~行かない?」って誘われたらどうしよう!って思う矛盾した自分がいたりして(笑) その怖い環境を打破するには、怖い環境に居ながらにして乗り越える!という感じでいました。 そんな無理なことしなくてもいいのにね。 むしろそんなことをする方が本来の自分らしさから遠ざかるのに。 その人たちの方が先に「私とは合わない」って気づかれるんですが。 そんな自分をもっと責め、まだまだ人づきあいがうまくできない自分を情けなく思い、周りの人たちのようにテンションを高くして喋るんですけど、後になって疲れる~~!! そして、自分のそうした態度を反省会のように思い出しては、「ああ、はずかしい。」とやっていたものです。 確実に浮いていたっていうのに(笑) そんなことを繰り返し繰り返し、気が付けば変な噂を流されて。 この場合、誰が噂を流したのかわかるんですが、こいつだ!って思うのに、そのまま付き合っていたり。 日々いろんな方のセッションをさせて頂くと、本当にあげまんの人って同じなんだって思います。 色んなお話を教えてもらう中、本当にあげまん・さげまんの違いが如実にに解ってっきます。 さげまんって、大勢で群れて、ピラミッドの上の人を崇め、ルールに従って動きます。 現状の悩み、深い悩みなどは見ないようにしていきますし、自分自身を見つめる作業も嫌いです。 あげまんから元あげまん(さげまん)になったケースでも、そうなりますね。 自分自身の深い部分を見たくなくなるんでしょうね。いや、見れなくなる。 元あげまんとなると、余程の波動の粗さになってしまうので、いろいろやらかすし、そんな自分を見つめたくなくて逃げるんですよ。 その代り、それを他の人に擦り付けて見るんですね。 何度も言う様に、投影性同一視ですね。 なのでこの場合、バンパイア系さげまんのように、ギャンギャン人に向かって攻撃的に何かを言うとしたら、全部自分の事を言ってるということになりますね~。これは本当に面白い位に当てはまりますよ(^-^) 深く見れば見るほど、観察するほどにそうです。 「わたしは~~をされた!!!」 = 実は自分がやってきたこと、陰でやったこと、なんですね(笑) それを擦り付けられた方は「へ??何のこと?」と、訳が分からないのですが。 前頭葉が壊れておかしくなった人(自己愛性人格障害)は、ものの見事にそうゆう形でさらけ出すのは共通していますね。 投影性同一視ってすごいです。 これほど自分を見つめないというのも凄いなと思います。 だからこそ、深い部分では自分の罪深さを知っている。 だから余計に自分を深く見つめたくなくなるという悪循環です。 これが元あげまんがあげまんに戻りづらくなる所以(ゆえん)ですね。 ちゃんと見分けていく必要性は重要です。 あげまん程、こう言ったバンパイア系さげまん(自己愛)に狙われやすいので。 あげまんの人は、実はひとりが好きだし、家でずーっと過ごしていてもOKという人が意外にも多いんです。私もですけど(笑) 大勢の人との付き合いも苦手ですし、物事を掘り下げて考えることも実は好きなんですね。 ただ、サゲ常識がはびこっているこの世の中ですので、それが常識となっているので、サゲ常識が何なのかを洗いなおして、自分の目線で常識というものを見つめなおす、ということをしてもいいんじゃないか、むしろそれが必要なんじゃないかと思います。 サゲ常識を自分に当てはめて、自分は社交的じゃない、自分は敏感すぎる、自分はうまく人間関係が作ることが出来ない・・など、実は悩まなくても良いことで悩んでいるということが結構あります。 これがどんどんわかっていくと、かなり解放されると思いますし、より自分の事が好きになれると思います。 この辺もどんどん今後書いていこうかなと思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2017.03.09 15:12:41
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