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2010/08/08
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25年に亘って続けられてきたドル安政策の結果、低い評価で国内以外に買い手のいなかった日本国債が、最近になって大量に売れるようになってきた。長期金利の低下という現象は、長期国債に人気が集まっていることを示すもの。購入希望者が多ければ、つまり需要が高まれば、利率を下げても発行済の債券を売りきることができるのだ。

 反対に国債に対する需要が少なかったのであれば、購買意欲を新たに刺激しなければならないため、長期債の利率は上昇へと転じる。これが長期金利を決定する因子になっているため、国債を大量発行した国では、売れ残りがでないよう、中央銀行自らが全量を買い取る仕組みになっていた。

 アメリカがドル安政策を実施すると、ドルと交換された国の通貨が買われ、結果としてドル資本に狙われた国の通貨がその価値を高める。原油の取引が活発になると、決済通貨であるドルの需要は急上昇するのだ。原油の需要は世界規模で、同時に起きるものであるからだ。この段階でドルを供給しようとしなければ、ドルの通貨価値は更に高まっていくこととなる。

 このドル高を安全に回避するには、既に発行済のドルを回収して、特定の国の通貨を買うようドル資本を方向づけておけばよい。通貨価値が高く維持されている国の市場であるのなら、その地域に投資することを継続しても損はない。

 経済成長の著しい国または貿易収支の優れて高い国、などの通貨が好んで買われるようになっているのは、安全性だけでなく資産を増やす効果がそこから得られるからである。これはドルの過剰流動性を消し去ると同時に、海外市場で高い収益を獲得するチャンスでもあることを、国際金融資本がよく理解していたからこそ生じた変化なのである。


 ドル余り現象が一昨年秋の金融危機の原因であったことは、既に確定した事実になっている。本来ならアメリカの市場で吸収すべき過剰流動性を、海外市場で処分する行為が円高ドル安という積年の経過を真っ先に生み出していた。ブッシュ政権が誕生した後になってから、ドル安政策のターゲットが日本から中国へとシフトするようになったのだった。オバマ政権になってからその変化が際立つようになっている。民主党が中国を世界の生産基地にする、という方針を大々的に打ち出していたからだった。

 中国はドルに一定の幅でリンクさせるというスタンスをとり、融通性を備えた固定半相場制を投じとっていた。このため投資目的で大量の余ったドルを手段として、人民元が大量に買われるという情勢が生まれ、人民元の価値を急激に上昇させるようになっていた。このドル買い攻勢へのシフトが、中国を後の経済大国へと押し上げていくこととなる下地となった。

 人民元の急騰を穏便に回避する必要が急遽生じたことから、中国では人民元の価値が上昇する前の水準へと戻るまで、ドルを買い続けていなければならなくなった。この時に中国が買った大量のドルが、中国の外貨準備高を世界一の規模に押し上げただけでなく、アメリカの長期国債への投資額を増加させていったのだった。中国の外貨準備高が僅か三年で、当時最大であった日本のそれを追い越した事実が記録に残されている。

 この頃(2004年から2008年にかけて)は、イラクで米軍を増強させていたその時代とぴったり重なっている。原油相場は高騰状態を五年もの間続けていたことから、国際経済は資源インフレに悩まされていた時代となった。ドルの供給量は最大となっていたのだったが、この時代に関するドルのマネーサプライは当時一度も公開されたことはなかったのである。
 


 中国政府はごく最近、買い取ったドルで米国債に投資する行為のもつ意味を学習した模様である。そこでドルを有効利用する選択肢の一つとして、人民元でではなくドルで円を買うことで、日本国債の保有残高を増加させる戦略をとるようシフトしていた。長期金利が急低下した原因は、それまで国内の投資家以外に買い手のつかなかった日本の国債が、大量に売れるようになったからである。

 この段階でアメリカの望んでいたドル安政策が、中国政府の手によるカウンター攻撃へと変身することとなり、結果として円高の水準を一段高いものにする、という現在の経過が生み出されるようになったのだった。

 目減りする通貨であるドル建ての資産をもつよりも、価値を高め続ける通貨を発行する国の国債を買えば、人民元のドルに対する価値を望ましい水準に保ちながら、日本の資産を大量に手に入れることができたからである。有事のドル買いより、平時の円買いの方が収益性と確実性は高まっていたのだ。米国債を買っても、それを売却するときにはドルを売って人民元を買い戻さなければならない。価値のバランスをとる機会は、これによって増やされていたのであった。

 主権国家というものは自分自身の手で、自国通貨の価値を高めなければならない。これはアメリカが望んでいるドル安政策を、中国政府が対抗措置として直接実施するということである。日本ではプラザ合意の直後から、ドル売り圧力をまともに受けていたことにより、米国債を買い続けていなければならなかった。日本の外貨準備高が長く世界一であり続けていた、というのは要するにドル安政策の結果だったのである。

 中国が米国債から日本国債へと投資先を変更したとしても、通貨価値の移動は円ドル相場に限られる。ユーロ円やその他の通貨間に、大きな為替レートの変化はおきない。米国債からシフトするので、米政権に与える裁量権の拡大もおきない。日本は当分の間赤字国債の発行を続けていなければならず、国債の引受機関の拡大は寧ろ望むところとなっていた。日本政府に歓迎される措置をとって窮状を救っておけば、日中関係の礎はより盤石なものとなり得る。中国には日本の生産技術と先端技術とが、マダマダ必要なことなのだ。

 日本国債を売却しても、中国政府はそれをドルに戻す必要がなく、直接人民元を買い戻すことができる。買い戻す通貨が人民元であるのなら、為替差損が生じるようなことはない。元安政策と併用すると、通貨価値の制御が容易にできる。ドルで得た運用資産を日本で寝かせている間に、円が更に高くなっているのだから、十分な為替差益さえ手に入る。高くなった円で固定レート状態にある人民元を買い戻すのだから、そこに生じる差益は単純に増加している。

 投資対象となるのは国債だけとは限らない。途上国なみの安全性だとされている日本国債よりも、不動産投資や企業買収へとその資本を傾けていけば、差益だけでなく運用益さえ上乗せして獲得することができる。これは85年秋以降、ドル資本が日本の市場でやってきたことの、そっくりそのままのコピーに手を加えたものなのだ。利にさといのは、華僑をみれば誰にでもすぐ分かる。

 日本では、ドル資本の暗躍に政府自らが手を貸していた。それほど自民党政権は日本と国民にとって有害な存在になっていたのだ。無知であるだけでなく、アメリカと対等な関係を結ぶことが、まったくできていなかったからである。失われた十年は、無知に基づく無為の産物以外の何ものでもない。ドル安政策の有害性を指摘する経済通は、今のところ未だ日本のどこにもいない。これが日本の現状を映し出す鏡になっている。

 止まらない温暖化は、ドルの発行権が招いた結果のひとつ。国際的な財政赤字の蔓延もまた、そのひとつなのである。国民の貧困化と労働環境の劣化も、そこに付け加えておかなければならない項目である。通貨メカニズムの裡にあるダイナミックスを知らないでいると、温暖化を単に進めてしまうだけでなく、貧困状態を拡大させながら、財政収支を年ごとに悪化させていく循環へと嵌り込んでしまうのだ。日本の現状は、その結果を伝えるためのものであったのだった。

 既存の政党はおしなべて、問題を問題として認識することができていない。国の現状はそのなによりの証拠なのだ。とくに日本では日米同盟という特殊な関係が欠くべからざるものとなっており、有害であることを知りながら、アメリカに尚依存して安逸を貪る風土ができあがっている。唯一の核被爆国である日本が、その実行者であるアメリカの核がなければ、安心できないという異常さを異常とも思わない。

 核兵器の使用を実行させないために、日本がなすべきことというのは、核の傘の下に隠れることであるはずがない。実際に受けた被害の実態を世界に指し示すことによって、核兵器とはどのようなものなのかということを、日本から発信していくことこそが本来の役割であったのだ。核兵器を実際に使用することなど、未来永劫あってはならないことなのだ。これは世界共通の認識である。どれほど酷い惨状になるかということは、今や世界中が知っている。

 日本の被害実態を知らせていくということが、核の使用を抑止する唯一の手段なのだ。核の傘はアメリカにとって日本を馴致しておくための、きわめて有効はツールになっていた。だが、日本の国民は北の核を根拠なくただ惧れて、米軍の駐留に思いやり予算で応えている。核を使えない兵器だと知っていながら、アメリカの望む不平等な同盟関係を見直す機会を、これまで葬りつづけてきたその歴史は実に雄弁である。


 国民が日米同盟を必要だと信じ込んでいる限り、日本の富の一部はアメリカの軍事力を高めるために使われる。米国債を買うという行為は、米政権に裁量権を与えるという意味をもつ。必要なのはアメリカにモノ申す政府なのであり、アメリカのいいなりになっている政府では断じてない。政府を決定するのは、国民の意思である。ここに根源的な課題があった。

 国を劣悪化させているのは、アメリカの意図を知らなかった政府と国民との共同作業の結果であった。ピカソにゲルニカを描かせた世界最初の空爆は、7000人の村人を葬ることになった事件を扱っている。連合国軍の空襲は、ヒロシマ・ナガサキだけに対して行われた訳ではない。日本の主要都市に対して実行された空襲による犠牲者の命は、その数百倍の規模にまで達して尚余るものがあったのだ。

 日本がアメリカの核に依存しようとするその姿は、妖怪変化を思わせるほど直視に耐えないものである。四谷怪談のお岩と伊右衛門とが、仲睦まじく酒を酌み交わしているが如き構図になっているのだが、その姿にすら国民はまったく見えていないようなのだ。みたくないものはそこにあっても見えない。というのが世の倣い。核恐怖症に囚われた国民は、国が劣化しても核攻撃を受けるよりはマシだと考えたがる。

 核をもっていることと、核攻撃を実施することとの間にある違いを弁別しようともしないのだ。これはフォビアの症状そのものである。核エネルギーの人為的解放を、二度と地表に起こしてはならない。その決意を、日本はいま、単独で世界に対し示していくべきではないだろうか。国家としてのアイデンティティをもたなければ、世界を指導する役割はやってこない。アメリカに従属する国を仰ぎ見る世界各国の姿など、想像することもできない。





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最終更新日  2021/05/09 06:09:35 PM
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