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内藤正成(四郎左衛門)は、「徳川家康一六神将」の一人としても知られる弓槍の達人であった。大永六年(一五二六)に三河で生まれ、一六歳のときには、早くも弓槍の名手として名を馳せていた。その後家康と共に、姉川の戦(一五七〇年)や長久手の戦(一五八四年)に出陣し、数々の戦功を残した。 天正一八年(一五九〇)の小田原征伐のときには、六四歳の高齢にもかかわらず、その戦功により秀吉から対面の旨を伝えられたが、老年により自らこれを辞したという。そして同年八月一日家康と共に関東に入国し、それまで所領としていた三河国幡豆郡(現愛知県幡豆郡)七〇〇石の地を改め、新たに武蔵国埼玉郡に五〇〇石の采地を拝領した。実に四三〇〇石の大加増であり、正成の貢献度が窺える。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020年03月11日 16時32分33秒
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