|
カテゴリ:酒井 正 石仏画の世界
ホームページ「私家版さいたまの石仏」はこちら
![]() 15P目は緑区松木、路傍の庚申塔 安永5(1776)大きな桜の木の下に立つ。正面に菊の花を彫った唐破風笠を持った角柱型の石塔の正面 日月雲 青面金剛立像 鈴・ショケラ持ち六臂。 ![]() 前回見た清泰寺の天明3年の庚申塔と良く似ている。あちらは全高80cmほどの板駒型の石塔、唐破風笠付きのこちらは全高130cmあまりの角柱型と、その趣はかなり異なるが、地理的にも時代的にも近く、同じ石工の作品ではないだろうか。酒井さんが指摘しているように、最下部の三猿、中央の猿が横向きに座る構図は珍しい。 ![]() 緑区馬場の三室堂からまっすぐ南に下る道路は200mほど先で緩やかに右へカーブして西に向かい、三室小学校、文殊寺の北を抜けてやがて北宿通りに出る。このカーブのところ、大きな桜の木の下に庚申塔 安永5(1776)が立っていた。遠目には立派な笠を持ち、それなりの風格を感じさせるのだが・・・ ![]() 日月雲 青面金剛立像 鈴・ショケラ持ち六臂。近づいてみると像は摩耗、破損が著しい。髑髏の首輪、鈴とショケラなどはかろうじてそれとわかるといった状態で、細部は漠然としている。酒井さんのスケッチには’03、4、6、と記されているが、16年の間にこれほど風化が進むものだろうか?足元の邪鬼がまるで泣いているように見えた。三猿も一部が溶け始めていて心細い。 ![]() 桜の木の下の庚申塔の50mほど北の西側路傍に二基の庚申塔が並んでいる。左は天明3(1783)年の文字塔だった。 ![]() 右 庚申塔 元禄7(1694)がっちりした駒型の石塔の正面 日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。 ![]() さらに30mほど先、道路右側の住宅の前に小堂が立っていた。 ![]() 小堂の中 舟形光背に地蔵菩薩立像 宝暦4(1754)光背左脇には木崎領三室之内馬場邑中とある。ここからあと100mほど進むと三室堂に着く。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2019.03.02 20:24:29
コメント(0) | コメントを書く
[酒井 正 石仏画の世界] カテゴリの最新記事
|