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坂東市進学塾 スタディ・ポート 港日記

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2019.06.28
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カテゴリ:日々の学習
もう5、6年前になるだろうか、だから現在も引き続きその方針なのか確認するのは忘れてしまったけれども、常総学院の入試説明会で、「1番上のクラスの生徒には休日は1日14時間勉強するように。」指導しているという話を聞いた。

その瞬間は「何を無茶なこと言ってんだろう。」と驚いたのだが、自分を振り返ってみれば、やはりそのくらいは、あるいは興が乗ればそれ以上の時間を学習に費やしていたと思う。

興が乗るとは、たとえば駿台模試の解答解説との格闘を始めてしまった場合とかZ会の問題に夢中になってしまったような場合である。

僕の場合、試験時間の配分や採点者との答案上の駆け引きのような実戦練習には模試を使っていたので、Z会の方は指定時間を無視して徹底的に調べ上げて答案を作り込むというような利用法を取った。だから提出する答案を作成するのに長い時間がかかった。(Z会がまだ株式会社にさえなっておらず、手作り感いっぱいだった頃の話。送った答案は払ったお金を大幅に上回る価値の赤ペン添削と醤油の染みがついて返ってきた。)

人には「めちゃくちゃ努力しました。」ということにしているのだけれど、自分にとって受験勉強は遊び感覚だった。

ギターに夢中になった少年が1日中ギターを離さないのと同じ。サッカー小僧がボールを抱えて寝てるのと同じ。

中学の時に成績が悪かったのは勉強が仕事であって遊びでなかったから。

先週、土浦日大から特進クラスの数学の先生が塾に来てくれて2時間ほどあれやこれや話をした。

「やはり、難関大学に合格するには勉強する対象そのものが好きじゃないとなかなか続きませんよね。」と話していた。

頭のいい人からはインスピレーションを喚起されることも多く、こちらが思いもしなかったことに気づかされたり、モヤモヤして言語化できなかったことがはっきりする。

彼は30代後半なのだけれど、この年齢で優秀な人は、知識と経験がちょうど調和するところで、私のように50を超えたら、もう彼らから学ぶことしかないような気がする。(土浦日大の進学実績がいいのはこの世代が中心になって指導しているということもあるらしい。)

「中堅大学の合格者数」を「難関大学の合格者数」に置き換えていくのだったら、課題に追われて「勉強が仕事になっている生徒」ではなく、「学問が趣味の生徒」、「趣味を極めるために熱中してしまう生徒」を育てていくことが最も大切だと思う。

東大や京大に行く生徒には学校はほんの少しの後押しと迷ったときのアドバイスができればそれで十分。

それで十分な生徒、勝手に走れる生徒を育てられるかどうか。

茨城県の自称進学校はレールの上を走らせようとし過ぎ、レールからの逸脱は許さないし、緩むとムチを入れ過ぎな感じがする。

なんだか息苦しくて、凄くつまらない。

義務感だけでは受験勉強の深淵に到達しえないし、難関大学の壁は作業としての勉強だけで乗り越えられるものではない。

はじめに書いた1日14時間学習、そりゃ義務で課されたら苦行でしかない。でも自然とやるなら、そうたいした時間でもない。

そんなことを思います。

もう一言付け加えると、僕は「メリハリ」という言葉が好きではない。「メリハリ」という言葉からは義務感が強く漂ってくる。







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最終更新日  2019.06.30 14:19:03
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