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カテゴリ:翻訳・通訳・英語
昨日の日記では、外国語が身に着くことによって退化したり喪失したりする感覚について書きましたが、
実際には、外国語が身に着くことによって「日本語では表現不可能な外国独特の感覚」を獲得するほうが多いことは、言うまでもありません。 こんなことを量的に表現するのは不可能であることを承知の上で言えば、日本で日本語だけを通して生活していた頃の自分の感覚の範囲を100とした場合、ボクが英語での意思疎通に困らなくなった頃の「拡大された後の自分の感覚」はたぶん130くらいにはなっているように思います。 これはどういう計算かというと、母国語の感覚が100として、成人後に渡米して第二外国語として身につけた、英語を通して身につけられた感覚が(母国語並み(=100)というわけにはいかないので)75くらいとすると、そのうち「母国語の感覚をそのまま英語に翻訳すれば通用する、両文化に共通の感覚」が大雑把にいえば40(半分強)くらいはあるので、その差分(75 -40)の35くらいが感覚の拡大分となり、しかし一方で昨日の日記で書いた「詩興の退化や喪失」のような母国語の感覚の喪失分が5くらいはあると思うので、(100-5) + (75-40) = 130 …という計算になるわけです(笑)。 しかしこれが、中学低学年くらいで家族とともに渡米していれば、日本語の感覚をあまり喪失せずにほぼネイティブ並みの米語の感覚が身に付くので、米語拡大分の小計を95として、そのうち「両文化に共通の感覚」が半分強あるとして差し引き45強、さらに母国語の感覚に退化・喪失分が多少はあるとして残る拡大分が45、よって 合計100+45=145、つまり「1.5人分」くらいの「感覚の拡大」があるのではないかと想像されます。 実際、ボクがフリーランスの通訳をしていた頃に、「日本語も英語もネイティブ以上」というスゴイ人に会ったことがあります。彼女は小学高学年で家族とともに渡米した帰国子女で、大学進学のタイミングで日本に帰国しています。彼女が話す英語はボクの耳でもネイティブとはほとんど区別がつかず、日本語も堂々としていて拙い感じがぜんぜんありません。 しかも、あらゆる分野の通訳をしているうちに、ふつうの人が知らないような業界用語とか洗練された表現を日英両方で身に付けた結果、日本語も英語も「平均的な日本人・アメリカ人のボキャブラリー」をはるかに超越しているのです。故・米原万里さんなんかもまさにこんな感じだったんだろうなあと思います。 こういう人たちはきっとゲシュタルトが超越的に広くて、ふつうの日本人には見えないものが見えていたり、大多数の人にとってノイズに過ぎないものが意味を持っていたりするわけでしょう。 単に知的にすぐれているだけでなく、矛盾しがちなさまざまな異なる傾向を内に取り込んで消化し統一性を保っているという、その自我の柔軟性と大きさは、尊敬に値すると思います。 ところでこういうホンモノのバイリンガルと接していて面白いなあ…と思うのは、たとえば英語と日本語で同じ質問をした時に、英語と日本語では回答が微妙に違かったりすることです。 これは前述の通訳者の女性とは別人の、日英ともネイティブの日系アメリカ人女性の話なのですが、彼女はある日アメリカ人から将来のキャリアについて尋ねられたとき、「自分はビジネスのノウハウを身につけて自立した女性になりたい」といった典型的アメリカ人女性のような回答をします。 しかし、日本人の知り合いから日本語で同じような質問をされると、「自分は良妻であり賢母でありたい」といった回答をするのです。 この2つの回答は、どちらかがウソというわけではなく、「どちらも本心」であるというのがこの話のポイントです。2つの異なる希望は決して矛盾するわけではなく、「自立したビジネスウーマンでかつ良妻賢母」である女性はいくらでもいると思います。 ボクが面白いなあと思うのは、「自分の夢や希望」といった根源的な感情でさえ、文化という文脈によって出てくるアウトプットが違ってしまうということと、 彼女が日本国内で日本語だけを使って成長していたら、あるいは「良妻賢母」の回答しか頭に描かなかったところが、アメリカ社会でアメリカ人を見て成長した結果、自分の意識の中に「自立したビジネスウーマン」というオプションも拡がったわけです。つまり、「1.5人分」の感覚の多様さの中に生きているわけですね。 しつこいようですが、感覚とか客観的物理的実体が先にあるのでなく、混沌を構造化する言語や文脈が先にあるのですね。 …ああ、さいきん難しい本を読んだり、誰かと難しいことを話したり、考えたりする機会がないので、せっかくいいことを言おうとしても、なんだかリクツっぽくてだらだらと的を得ない文にしかならないですね。 とりあえずこの話題はこれでおわり。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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